第540話 迷惑でない依頼主
職人達の反応を見て、元の世界でのことを思い出した。
まだ新人だった頃、会長やら社長の偉いさん達がグローバルなんたらとか、成長戦略がどうとか言っていたが、そんな寝言より目の前の仕事を適正にして残業を減らしてくれ、と思っていた、と。
少し目を閉じて、深呼吸をして、ゆっくりと鼻から息を吐き出す。
「まったく、現場に疎くなるとこれだからいけないな」
思わずもれた言葉に、職人達が慌てだす。
「その、悪気があって言ったわけじゃないんで。その、自分達に学がないのがいけないんで」
「ええ、きっと偉い人の言うことに間違いはないんでしょうけれど・・・」
それらに対し、首を左右に振り、右手をあげて制する。
「いや、これは自分の言い方が間違っていました。よく言ってくれました」
領地を豊かにする、領民を豊かにする、というコンセプト自体は間違っているとは思わない。
だが、領民ではない工事に関わる職人達には、結局のところ、どうでもいい話だ。
自分達に関係ある話であれば、多少は複雑でも話は聞いてもらえるが、関係なければ聞き流すものだ。
情報を目にする機会が増えたところで、雑音として無視されるのが落ちだろう。
要するに事業の理念を掲げるのは良いが、階層が雑なのだ。
職人達にとって理解でき、共感できる目標が必要なのである。
「今日は、そのあたりの率直な話を聞きたいのです」
先日の説明会における取り組みや、今の反応から本気で言っていることがわかったのだろう。
職人達のどこか余所行きであった顔が、ふてぶてしい現場の顔に変わる。
「職人達が、今回の仕事に望むことは何でしょうか?」
あえて、オープンな問いを投げかける。
今日の議論については、職人達から本音の言葉を引き出したい。
それでも職人達がお互いを肘でつつき合うような様子を見せているので、安心させるために言葉を続ける。
より、具体的にイメージできるよう、表現を変えてみる。
「どんな現場なら、安心して元気よく働けますか?」
ここまで言えば、職人達も理解できる。
「そうですねえ・・・やっぱり手際のいい現場ですかね。毎朝、何をすればいいのかハッキリしていて、やり直しが少ないところはいいですね」
「ほう」
もう少し福利厚生的な話が出るかと思っていたが、そうではなかった。
仕事を指揮する人間と、現場で泥に塗れる人間とは、また意見が違うのかもしれない。
「あとは、わかってない偉い人が口出ししない現場・・・あ、いやすいません、代官様のことじゃなくてですね」
「わかってますよ」
現場の仕事がわかっていない依頼主も困るが、中途半端に知った振りで現場に介入する依頼主はもっと困る。
この事業に関しては自分が最も理解しているという自負はあるが、よほど注意して周囲の意見に耳を傾けなければ、知らないうちに現場を知らない迷惑な依頼主になる可能性もある。
「ですから、もう少し話を聞かせてもらえませんか?」
職人達に笑顔で歩み寄ると、彼らは再びお互いに顔を見合わせた。
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