第527話 実行への階段
「さて。そろそろいいですかね」
日が傾く頃には、さすがに専門家達にも疲れが見え始め、出て来るアイディアも新規性がなくなりつつあった。
適当なタイミングで声をかけると、参加者たちも頷いてみせる。
「これだけアイディアを出せば、無理もありませんね。お疲れ様でした」
机の上には、午後の議論で出された改善のアイディアが二十枚近く置かれている。
最初に考えていた競争方式では、せいぜい4つしかアイディアが出なかったであろうから、時間あたりの生産性としては5倍の効率があったことになる。
これだけの密度で議論をすれば、参加者たちが疲れるのも仕方のないところだろう。
「それでは、少し休憩していて下さい。その後で、今後の予定をお伝えします」
専門家たちにはしばらく休憩を取るように言いつつ、目線で新人官吏達に集まるよう合図する。
「さて。今後の予定ですが、どうしたらいいと思いますか」
集まってきた官吏達に問いかける。
こちらで考えている計画はあるが、機会を捉えて主体性を持って考えてもらうよう促す。
「まず、今の計画を見直したほうがいいと思います」と、クラウディオが言う。
「ほう。なぜですか?」
「今日の議論です。提案の中には、採用すれば計画を大きく変更する必要のあるものがありました」
「なるほど。すると、全ての提案を採用した方が良いと思いますか?」
問い返すと、少し考える顔をした後「わかりません」という答えが返ってきた。
「確かに、わからないでしょうね。それが正解だと思います。改善の提案は、評価が必要でしょう」
20件近い改善の提案の中には、技術的に実現が難しそうなもの、費用面で問題がありそうなもの、工程として水車小屋が稼働した後でも問題が無いものなどが含まれている。
それらを整理、評価し、実行するもの、実行しないもの、条件が揃えば実行するもの、実行するけれども後回しにするものなど、評価し、整理する必要がある。
「なるほど、評価ですか・・・」
「あとは改善のための計画ですね。改善の提案を計画に落とし込んで、基本計画に追加する必要があります」
改善提案を実行しようと思えば、そのための計画が必要になる。
それを製粉所を建設するための全体計画の中に、部分の計画として入れ込んでいくわけだ。
「意外と、計画自体は難しくないかも・・・?」
実施の考え方を聞かせると、新人官吏達から拍子抜けしたような声が聞こえてくる。
「そうですね。基本的には以前、製粉業のための計画を立てた手法を一回り小さくして実施するようなものですからね」
木の札にやること、担当者、かかる時間を書いて並べる。それを、元の木の札の並びに足していく。それだけである。
「あとは、参加者たちに軽食か、それが無理なら茶を振る舞うことにしましょうか。皆さん、大分お疲れのようですから」
「これは・・・気が付きませんでした。手配してきます」
新人官吏の一人が立ち上がり、手配に動く。
普段なら誰かが気を利かせているところだが、今日はさすがに疲れているのだろう。
「ですが、そうなると今後の予定を伝えるのが難しくなりますね」
計画に変更があるのであれば、工事の開始日時がズレることもあり得る。
正確な日時を伝えることができない場合に、どのように伝えればいいのか。
「そんなときは、決まっていないと正直に言えばいいんですよ。チームですから」
「はあ・・・それで彼らは納得するでしょうか」
「もちろん、そのまま言ったりはしませんよ。要は、言い方です。提案内容について評価と精査を行って計画の修正を検討することと、修正した計画を伝える日時を知らせればいいんです」
事業計画全体がどの程度修正されるかは予測はできないが、計画の修正をいつまでに行うかは、こちらでコントロールできる要素なので、その日時についてだけ知らせればいいわけだ。
「2日もあれば、検討できるでしょう。街に専門家の方が残ってくれるのであれば、その知恵も借りましょう」
改善提案の内容を、どうやって実行面まで落とし込むか。
今しばらくの工夫と苦労が必要そうではあったが、確かな手応えは感じていた。
明日は18:00に更新します




