第522話 創発の仕掛け
知識やノウハウの重要さについて、考え方の違うこの世界で共有と創発の有効性をどのように理解させるべきか。
彼らの知識や認識に合わせて説明をしようと頭の中で演習をしてみたが、あまりうまくはいかなかった。
何しろ、積極的に知識を広めてノウハウを開示していく方が上手く運ぶことを体験的に知ってはいるが、なぜそうなのか、と問われると自分でもわかりやすい説明が難しいからだ。
こればかりは、とりあえずやってみろとしか思えない。
だが、そんな説明では彼らも納得はしないだろう。
どうするべきか。
ゆっくりと口を開く。
「アイディアについて、基本的なところから共有したい。まず、アイディアとは数だと思う。今、確かに専門家達は良い議論をしている。そして様々なアイディアが浮かんでは消えていく。それを掬い取りたい、というのが一つ。だが、所詮、アイディアはアイディアに過ぎない。どんなにうまくいくように思えても、実際にやってみると、上手く行かない事例など、山ほどある。その場合は、代替となるアイディアが必要になる。そうであれば、最初からアイディアの数はあった方が良いと考える」
よくよく議論された末の1つのアイディアよりも、程々の議論で数多く出されたアイディアを改良して使っていく方が良い。
ある種の漸進主義というか、ものづくり現場での改善主義とも言える。
どちらかと言うと理屈が先に立つ方である聖職者達は多少の異論があるようではあったが、ここ数ヶ月の理屈通りには運ばない実務に揉まれ続けて思うところがあったためか、開きかけた口は途中で閉じた。
「数が大事だという点は、理解できました。しかし、それを他の班にも積極的に開示せよ、という理由は何でしょうか」
クラウディオが新人官吏達を代表して聞いてくる。
「それは、専門家達は全員が同じチームだからだ。チーム分け、競争、賞金は全てがチーム全体で良い結果を出そうという枠組みの中で、より活発にアイディアを出すための仕掛けだと考えている。もし他の班で良いアイディアがあれば、それは積極的に真似をしてもらいたい。その上で、一段上のアイディアを出すことを期待したい」
重要なのは、最終的に結果を出すことであって、誰が優秀かを選抜することではない。
競争しつつ協力する、という考え方に馴染んでくれるだろうか。
「つまりアイディアを出すことも評価するが、それを真似た上でのアイディアも評価する、ということでしょうか?」
「そうなるな」
「そうですか・・・」
どうも説得しきれている感じはしないが、今は休憩中なので時間がない。
少し手間はかかるが、別の運用案を出す。
「では、こうしよう。誰もが見られるという形ではなく、アイディアについてはこちらで一旦預かる。それで、全員が共有すべきだと判断したアイディアについては、こちらから途中で発表する。当然、そのアイディアについては評価の対象とする。これならどうだろうか?」
情報を出すようメンバーに促す際には、情報を出すことによって得をするという利点と、それが妙な形で利用されないという信頼感が重要だ。
それが欠けた情報共有の仕組みは、いわゆる「荒れた過疎地」となり、誰もアイディアを出さず、忘れ去られるようになる。
その手の打ち捨てられた知識共有の仕組みや事例は腐るほど見てきた。
今回は、その仕組の信頼感を、自分の個人的な信頼感でカバーしよう、ということだ。
「代官様に預かってもらえるのであれば、専門家達も、きっと納得するでしょう」
クラウディオの答えに、新人官吏達は全員が頷いた。
本日18:00の更新は難しそうです




