第518話 嵐のように
「イタズラが過ぎますよ、ニコロ様」
ある程度は予想していたので、ゆっくりと振り向きながら答える。
すると、悪戯が成功し損ねたような微妙な表情のニコロ司祭が、立っていた。
背後から声をかけてきたということは、わざわざ人目につかないよう裏口から入り、控室を抜けて来たということだ。
偉い人にありがちな気まぐれというやつだろうが、お付きの聖職者達の苦労が思いやられるな。
3人ほど、まだ若い聖職者達が慌ててついて来ているのが見える。
「それに、ニコロ様は領主であらせられます。一方、私はただの代官に過ぎません。ニコロ様は立派なお身内でございます。部外者ではありませんよ」
「では、賞金はでるのかな?」
「それとこれとは話が別です。喜捨の中からお取り下さい」
「つまらんことを言う」
「ニコロ様。この者達は平民でございます。ニコロ様のように尊い方が身近におられると、緊張で言葉が出ないではありませんか」
事実、俺とニコロ司祭の話し声は、教会の室内で妙に響いていた。
ちらりと視線を外してみれば、専門家達が息を呑んで、このやり取りを見守っているように見える。
俺にしてみれば、いつものニコロ司祭の悪戯だが、平民である専門家達からすると枢機卿付きの司祭様という雲の上の人の登場に肝を潰しているようだ。
その様子は、ニコロ司祭も理解しているのだろう。
「ふうむ。そういうものか。ならば、もう言うまい。皆の者、こたびの事業、期待しておる!」
それだけ言うと、現れたときとは逆に、表の出入口から早足で出ていってしまった。
それをお付きの聖職者達が急いで追いかけていく。
後には、事態の推移について行けない専門家達が、口をぽかんと開けたまま残されていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
二日酔い明けの緩んだ空気が吹き飛んだのはいいが、いささか薬が効きすぎたようで、参加者達がザワザワと落ち着かない。
何となく、モノを聞きたいような、聞いてはいけないような、という微妙な空気が流れている。
これを放置して進めても集中力を欠くということで、少し質問を受けることにした。
「何か聞きたいことがある人はいますか?少しであれば受け付けます。どうぞ?」
自分が聞きたい!という雰囲気を全身からみなぎらせているバンドルフィが指さされるや否や立ち上がり、まくし立てるように質問する。
「い、今の方はどなたですか?司祭様ですか?ええと、領主様ということでよろしいんでしょうか?代官様とは大分親しいようですが、どのような関係でいらっしゃいますか?」
「なかなか答えにくい質問ですね」
とりあえず当たり障りのない答え方をする。
「まず、あの方はニコロ司祭といいまして、今回の事業を興す領地の領主様です。ですから、私の上司になりますね。商家の店主と店長のような関係、というと分かりやすいでしょうか。ニコロ様は枢機卿様の懐刀として多忙でおられますので、私のような者が代官として領地経営を代行させていただくわけです。今回の製粉事業を興すにあたりましても、後ろ盾になっていただいています」
ざっと説明をすると、専門家達からも、ほーっ、という感心とも感嘆とも取れる声が聞こえてきた。
教会の後ろ盾があるということを聞いていることと、実際に見ることでは感じ方が大きく違うようだ。
「言われてみれば、今日も教会も使わせてもらってるし、昨夜の食事も凄かったし・・・」
「さすが教会の肝煎り事業というところか・・・」
などと、小声で改めて今回の事業の重要性について専門家達が話し合っている。
ひょっとするとニコロ司祭は、この効果を狙うために来てくれたのかもしれない、という思いがチラリと頭をよぎるが、あの人のことだから、単に面白がっていただけなのかもしれない。
通り一遍の答えで専門家達が満足したようなので、こちらもホッとした。
ニコロ司祭との関係は?と聞かれて、無茶を言う人と無茶をこなす人です、などと正直に答えるわけにはいかないのだから。
ちょっとまだ体調がよくないので、本日の更新は1回のみとさせてください。
明日は18:00に更新します




