第507話 倉庫の搬出と搬入
倉庫の専門家、ベンサムの説明は続く。
「小麦が運び込まれる際には、様々な種類の袋が混在しないよう分類もしなければなりません。ですから・・・」
ちょっと待った。
今、聞き捨てならないことを言わなかったか?
「小麦の袋は共通ではないのですか?」
小麦の袋は管理の単位であり、徴税の単位でもある。
それが共通でないということがあり得るのだろうか。
「教会で喜捨された小麦を保管するための袋は同じ大きさの袋です。ですが、他の貴族様方の領地では袋の大きさが異なる場合が多いのです」
ベンサムが、理想はともかくとして現実は違う、という言い方をする。
封建制だものな。その程度の裁量は貴族領ごとにあって当然か。
「そうすると袋に詰め直す工程がいりますね」
どちらにせよ、製粉を依頼された小麦の等級をつけるために選別をする必要があるのだ。
教会の単位に合わせて、実際にどの程度の量なのか換算できる仕組みがいる。
「あとは艀から倉庫までの運搬手段ですね。荷降ろしは人夫でやるとしても、倉庫まで運ばせるのは屈強な男手が必要です」
元の世界の港には、港湾クレーン、コンテナ、トレーラー、フォークリフトなどの大型の機械が走り回っていた。
あの作業の全てを人力で行うわけにはいかないだろう。
「荷降ろしにクレーンは・・・いるか?」
そもそも、そういうものがあるのだろうか。
「起重機でしたら、ありますよ。大聖堂の建設などで重い石材を吊り上げるのに使います。ですが、小麦であれば人夫に運ばせればいいのでは」
あるらしい。
俺の疑問にクラウディオが答えつつも、疑問を挟む。
「取り扱う量からすると今は不要かもしれないが、用地の確保だけはしておきたい。倉庫までの道は平らにしておきたいな。それで随分と楽になるはず」
ベンサムが道を舗装するという考えに大きく頷く。
「代官様の仰るとおりですね。新しい倉庫は、大量の荷物を運び込み、大量に運び出すための仕掛けが必要です。出入口を大きく取ることは必須事項ですが、川から倉庫までの道が平らですと、さらにスムーズに運び込めるはずです」
「例えば、大きな箱に車輪をつけて運ぶとか」
「箱に車輪ですか」
ベンサムが理解しかねるように首を捻る。
それほど突飛なことを言ったつもりはないが。
馬車は大袈裟だから、人が押したり引いたりできる程度の小麦袋を積み込める箱、というだけなのだが。
「遠国の鉱山では、掘り出した鉱石をそうした車輪のついた箱で運び出していると何かの文献で読んだことがあります」
マルタが知見の広いところを示した。
さすがに王都で貴族の後援をうけて研究をしているだけのことはある。
だんだんと、搬出と搬入が容易な新しい倉庫のイメージが固まりつつある。
◇ ◇ ◇ ◇
昔の港には鉄道が直接乗り入れていたという話を聞いたことがある。
結局、倉庫を作るということは物流を整備することでもある。
舟から小麦を下ろし、小麦を倉庫に運び、小麦を分別し、小麦を製粉し、小麦粉を出荷する。
この流れを途切れさせないよう、各専門家が知恵を絞って考えているのだ。
「代官様、しかし小麦の価格付けや、様々な領地の小麦の管理や契約など、頭の痛そうな事柄が並んでおりますね」
「それは、まあ問題ないでしょう」
クラウディオは、水車小屋が稼働した後のことを先走って心配する様子を見せたが、そういった机の上の計算できる事項ならば、何とでもできる自信はある。
今は、製粉業を軌道に載せるための物理的なインフラを整える時期だ。
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