第506話 倉庫の性格
「まずは、倉庫の専門家の話を聞いてみたい」
声に応じて立ち上がったのは、大柄でよく日に焼けた目の細い男。
聖職者の服の上からでも、よく発達した筋肉がうかがえる労働者のような風体をしていた。
「自分は、ベンサムともうします。王都で教会や貴族様の依頼を受けて小麦の倉庫の建設に従事しております」
そう名乗った後で、居並ぶ観客達に質問を投げかけた。
「この中で小麦の管理に従事した経験をお持ちの方はいらっしゃいますか?」
すると専門家達の中からは手が上がらず、新人官吏の中から2、3手が上がった。
「ほう。さすが代官様の官吏は若くても優秀ですね。代官様、ご覧のように我々のような平民は、専門家であっても倉庫の管理に従事する機会は少ないのです。ですから、基本的なことから説明させていただこうと思います」
「そうしてください」
許可をするとベンサムは頷き、体格に相応しい大きく、よく通る声で説明を始めた。
「小麦の倉庫は、家を建てるのでなく城を建てるようにせよ、という言い方を我々の間ではされています。小麦は民の暮らしを支えるものであり、それが集積された倉庫は財産の塊ですから様々な脅威にさらされています」
観客の多くが「大げさではないか」という表情をしていたのを感じたのか、ベンサムは具体的に説明を続けた。
「鼠や虫などの小麦を食い荒らす生き物。雨漏りや湿気などの小麦を腐らす水気。小麦を盗もうとする盗賊。火災。それらの脅威から小麦を守るため、通常は城や屋敷の一画で厳重に警備されるわけです。小麦が運び込まれるのは収穫直後の年に1度ですし、一部が現金化される以外は基本的に翌年までそのままですから、保管をしっかりするための設備であれば問題がないわけです」
「しかし、それでは今回の倉庫としては機能が足りないのでは」
「まさに、そうです」
俺の指摘に対し、ベンサムは気を悪くするでもなく、頷いた。
「今までお話を聞いていて気がついたのですが、私の考えていた倉庫では不足です。一応、考えてきた案はあったのですが、考え直すことにしました」
そう言うと、懐から取り出した羊皮紙に書かれた設計図らしきものを足元に放り捨てた。
「代官様の求められる倉庫は、小麦と小麦粉という保管の性質が異なるものを、水車10基が稼働するだけの量を保管する必要があります。また、水運を通じて続々と運び込まれ、また運び出されて行く流れを記録し、管理しなければなりません。これは、自分達にとっても新しい考え方です。新しい種類の倉庫を建設しなければなりません」
そういえば、元の世界の倉庫はトラックなどの搬入・搬出の口が大きく開いていたな、と何となく思い出す。
「例えば、倉庫の天井の高さですが、これは搬入と搬出が容易になるよう、小麦の袋などを積み上げ過ぎないようにしなければなりません。1年間動かさないのであれば、山のような高さに積み上げても問題は少ないのですが、今回のお話のように、人の高さの何倍もある小麦の袋の一番下の袋だけを運び出す、などということがないようにしなければなりません」
そういえば、フォークリフトやパレットなど無いものな、と倉庫専門家の話を聞きながらボンヤリと思う。
人力だけで運営される重量物を大量に扱う倉庫か。
冒険者ギルドの倉庫は少量多種の管理であったから、元の世界の手法がそのまま使えたが、もう一捻り考える必要がありそうだ。
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