第497話 大麦
「石臼で皆さんが誤解されることが多いのですが」
そこで言葉を切り、石臼職人は、やにわに自らの両の手の平をこすり合わせてみせた。
「このように、石臼は接触する全部の面を使って麦を製粉しているというものです」
参加者たちから戸惑いの声が上がる。
「ちがうのか・・・?」
「ならばどうやって・・・」
自分の説明が参加者たちに十分な関心を惹いたことに満足したビルホネンは、石臼の外側のあたりを指で円形になぞってみせる。
「石臼は、完全に平らではありません。底の臼は中央がわずかに高く、外側が低くなっております。蓋の臼は、その逆です。蓋の臼から入った麦は接触面で外に押し出されながら粉になるのです。その際、外周に近い部分で麦はこすられて粉が外に押し出されていくのです」
「ほう・・・」
要するに、石臼全体の面ではなく石臼外周部の狭い線で製粉しているということだろう。
「ですから、先程の手を使った例えで言うならば、両手の指を合わせてこすり合わせるような繊細さが求められているわけです。石臼は、制作にも気を使いますが、それ以上に普段の整備に神経を使うものなのです」
そして、石臼の模様は飾りではなく、中央部に入れられた麦を外に効率的に押し出すための幾何学的な模様だということだ。
「かなり手間のかかる話に聞こえるが、10基の石臼を制作することは可能だろうか」
「それは無論、可能です。ですが、代官様、10基の石臼を制作する以上に、整備に手間がかかります」
「整備の大変さは理解しているつもりだ。毎日朝から晩までこすり合わせるのだから、さぞかし摩耗も早いだろう」
「さようです、ご理解いただけると助かります」
作ったはいいが、整備をケチる貴族も多いのだろう。
俺の場合は製粉業をするための設備として導入するのだから、整備をして稼働時間をできるだけ長くとる方が良い。
「例えばの話だが、せっかく10基も石臼を作るのだから、それぞれ別の粒度の製粉をするということはできないだろうか」
「と、いいますと?」
「小麦を粉にするにしても、とりあえず殻だけをとる段階、あるいは全粒粉、さらに細かくふるった貴族粉、ひょっとすると大麦やライ麦など粒の大きさの異なる製粉の依頼があるかもしれん。それらの調整を予め石臼側でしておけば、効率は上がるのではないか」
せっかく多数の石臼を整備するのだから、用途別に整備したい。
話を聞いていると、鍵となるのは石臼の底と蓋の隙間の大きさが粉を決めるようであるから、調整の手間がなくなれば効率があがるように思えたのだ。
「大麦を粉に・・・代官様は、不思議なことをおっしゃいますな」
「変か?」
俺としては、大麦の入ったパンを元の世界で食べたこともあるので、ごく自然な発想だったのだが。
「まあ、その口当たりからしてパンなどにはせず、粥のまま食べるか、麦酒の加工にまわりますな。大麦を粉にしてまでパンにするというのは、あまり聞きません」
「小麦に混ぜればいいじゃないか。美味いぞ」
一人で大麦入りパンの良さを頑張って主張してみたが、周囲の理解は得られなかった。
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