第488話 世の中は変化する
企みなどない。
なので、ニコロ司祭の目を正面から見据えて信じるところを答える。
「効果と効率です、司祭様」
「効果と効率」
「ええ。与えられた条件の中で、最高の成果を出すこと。そのために全力を尽くしています」
「なるほど」
今さらの確認に、少しばかり疑問を覚えたので質問をする。
「報告書は、届いているはずですが」
「そうだな。来ておる。幾つか信じがたい報告もあったのでな。この目で確認しようかと来たまでよ。ところで、お主のところにいる2人からの報告書、目を通しておるか?」
「いえ。必要ないと思いましたので、目を通してはいません」
検閲したなどと思われたら、こちらの身が危ない。
「あれはな、すっかりお主に心酔しておるようだ」
「ははあ・・・」
クラウディオもパペリーノもよく働いてくれてはいるが、心酔とは違うような。
説明の必要を感じたので、少しだけ訂正した。
「私にというより、今は仕事を学ぶのが面白くて仕方のない時期なのではないでしょうか。自分にも覚えがあることです」
「かもしれぬ。だが、同じことだ」
ニコロ司祭は断言した。
「お主にとって、領地開発の目的とはなんだ?」
また抽象的なことを聞かれる。
「具体的には?」などと聞き返すような無能は周囲にはいないのだろう。
こちらで続く質問を補完して答える。
「適切な事業計画の元に投資を行い、領地に関わる全員が豊かになることです」
「全員か。末端の農民もか?」
「教会から農民まで全員です、司祭様」
俺の返事にニコロ司祭は「ふうむ」と一息ついて、目を閉じたまま静かな声で続けた。
「確かにお主がいう通り、この事業がうまく行けば、全員が豊かになるだろう。領地を持つ教会、事業に関わる平民、領地に住む農民、そして事業により利益を受ける川沿いの領地と領主、大勢が豊かになる」
「冒険者もです、司祭様」
大勢が豊かになる。いいことではないか。そこに何か問題があるのだろか。
視線を感じたのか、目を開けたニコロ司祭が口を開く。
「なに、少しばかり思うのだよ。我々のような聖職者は世の中を良くすること、教会の利益を拡大することを両輪として動いてきた。だが、我々は本当に世の中の全員が豊かになることに備えはできているのだろうか、とな」
そこには、いつもの政治家で敏腕官僚の顔はなく、哲学者、神学者としての顔をしたニコロ司祭がいた。
気がつけば、俺は自分が思うところを率直に語ってしまっていた。
「準備などなくても、世の中は変化します。司祭様」
世の中は本当に広く、大きく、人々の営みは膨大である。
自分一人の力で制御できると思うなど、傲慢の極みだと思う。
「世の中は変化する、か」
ニコロ司祭の表情には、少しだけ皮肉めいた笑みが見えた。
明日は18:00に更新します
 




