第487話 紹介の呼吸
挨拶に続き、今回の参加者の紹介をする。
参加者の紹介をどの程度の濃度で行うか、ちょっとしたことではあるが司会の技術が求められる点だ。
紹介がなければ、他の参加者は顔のない他人であるが、1人1人紹介していては全体進行がグダグダになる。
わかりやすい話を心がけるときのように、聞く人に認知するための枠組みを与え、具体的なエピソードで記憶に残るよう注意を喚起し、それを短時間でユーモアを踏まえて済ませられれば、進行としては合格点だ。
「この会場には、6種類の専門家がいらっしゃいます」
最初に、6という数字を挙げて、聞いている人に認知の枠組みを作る。
「順に紹介いたします。1番めは、測量士の方です。測量士は、領地の測量を行っていただきます。ご存知の通り、高度な数学力と、抜群に速い逃げ足が必要とされる仕事です」
ここで、少し笑い声が聴衆から起きる。
いい傾向だ。
壇上から下りて、バンドルフィのところへ近づく
マイクがあれば渡したいところだが、ここにはないので仕方ない。
「代表の方、お立ちいただけますか。はい、こちらが測量士の方です!測量の専門家ということが一見してわかるよう印をこちらで作らせていただきました。ピンで衣服の前面に留めていただくようお願いします」
各専門家は長い歴史を持っているので、使用する道具を模した印のようなものを持っている。
測量士であれば、三角の板切れと二本の棒が交差した形のものだ。
それを図案化したものを印刷した小さな羊皮紙を、人数分用意してある。
いわば、簡単な企業名刺だ。
些細な小細工だが、この手の小さな工夫と仕掛けを積み重ねることで、コミュニケーションの効率を上げるのだ。
できれば本人の挨拶もさせたいところだが、職人的気質の専門家も多いので、それは省略する。
少しばかりサービス過剰な気もするが、このあたりの呼吸がわかる人間が他にいないので仕方ない。
「それでは2番目に紹介しますのは・・・」
ノリは企業セミナーだが、その点は自重しないことに決めたのだ。
堅苦しくやって失敗するよりは、道化になろうとも成功させる。
そうでなければ、必死に準備してくれた新人官吏達に申し訳ない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一通り紹介が終わったところで小休憩とした。
専門家達にも自分達の発表の準備があるし、慣れない席で肩も凝っただろう。
人間の集中力、特に座って話を聞くだけの場合は、驚くほど続かない。
話す方は、それを踏まえて過剰なぐらいに休憩を設ける方が全体としての効率はあがる。
だが、当然のように俺は休む時間など与えられない。
教会から当日参加したオーナーの元へ挨拶に向かわなければならないのだ。
「なかなかの道化ぶりであったな。楽しめた」
久しぶりに顔を合わせたニコロ司祭の、最初の言葉がそれだった。
「道化であった方が、うまく運ぶと思いますので」
自分に生まれつきの貴族のような重々しいカリスマがないのは知っている。
黙っていても専門家達が従うようなマネジメントは不可能だ。
そうであれば、手持ちの手段の中で最善と信じる方法を行うしかない。
それが道化と映るならば、道化でも構わないのだ。
「まあ、それはいい。ところでケンジ」
「はい」
ニコロ司祭の態度に、こちらも背筋を伸ばして態度を改める。
この忙しい中に、冗談を言うためだけに来たのではあるまい。
緊張して、じっと言葉を待つ。
「お主、いったい何を企んでおる?」
ニコロ司祭の目が底光りをしたような気がした。
本日は22:00にも更新します




