第474話 いったい何を言い出すのだ
「変わり者ですが、優秀そうな人達でしたね」
クラウディオが2人組の技術者について感想を述べた。
「ただ、乱暴な口調や会談中の行動には驚きましたが。ああいう方は、聖職者にはおりませんので」
この世界の教育水準からすると、ニコロ司祭傘下の優秀な若手達は元の世界の中央官僚にも匹敵する知的エリート集団であるから、あの種の現場を手がける職人達とは接する機会が少なかったに違いない。
「そうだな。だが、実際にモノを作るとなるとアテになるのは、ああいう人種だ。クラウディオもいずれ教会の事業を指揮する立場になるのだから、慣れていかないとな」
「心します」
クラウディオやパペリーノら、教会から派遣されているのは間違いなく優秀な若手なのだが、実務経験の少なさと世間知らずの両面が悪い方向に出ると「理屈は間違っていないが・・・」という種類の摩擦を現場で起こすことがある。
いずれ教会内部で出世するのだろうが、偉くなってからその種の失敗をすると本人を含めて大勢の人間が迷惑する。
今は俺の目の行き届く範囲での仕事で修正は効くのだから、思い切り失敗して欲しいものだ。
「しかし、彼らと議論して気付かされることもあった。予算も権限もあると思っていたせいか、事業の進め方が些か大雑把になっていたかもしれないな」
「そうですか?私などは、代官様は細心の注意を払って進められているように思うのですが・・・」
今回の事業は、全体のスキームや政治的調整、資金調達を俺が描き、事業の計画はサラやクラウディオら新任の若手官吏達が仕事が書かれた板切れを組み合わせるプロジェクト管理手法を活用し、詳細に検討した結果だ。
現場へのヒアリングも繰り返し、計画は何度も修正されている。
この世界では、おそらく最も精緻に計画された事業計画である、といっても良いだろう。
「それはそうだが、官吏というのは広い視野を持っていても、狭い領域を突き詰めた専門家の知見には敵わない部分があることは認めないとな。そして、事業の成否を左右するのは、往々にして、その狭い範囲の技術であったりもする」
新規の事業アイディアや技術は、結局のところディテールに宿る。
そのディテールを活用するために事業体や戦略があるのであって、その逆ではない。
大きな組織にいると、組織防衛の意識から、その種の意識を抱きやすい。
「例えば、この工房で制作している守護の靴を例に考えてみろ。あの靴が世間に受け容れられているのは、ごく小さな部分の画期的な機能の組み合わせの結果、生まれた履き心地や耐久性のためだ。この工房を立ち上げたのも、その靴を作るためだし、今、代官を引き受けているのも靴を作り続けるためだ」
「すると・・・代官様は先程の水車の件で何かをお考えで?」
クラウディオの問いかけに、思わず笑みが浮かぶ。
別の話題から、相手が何を考えているのか推量するのは、大組織で育った教会の若手達の得意とするところだ。
逆に、この種の察しがなければ、ニコロ司祭の元で働くことはできないだろう。
「水車小屋の施策だが、新しい基軸が盛り込まれた設計になりそうだったな」
「そうですね。正直、どんな形になるのか、私では想像もできませんでした」
わからないことをわからない、と正直に言えるのは自分に自信のある人間の証拠である。
逆の方向に見栄を張られると正確な仕事の見積もりに差し支えるので、良い傾向だ。
「だから、わかりやすくしてもらうことに少し時間と予算を出そう」
この人はいったい何を言い出すのだ、という周囲の視線には、もう慣れてきた。
明日は18:00に更新します




