第463話 何をやらないのか決めてください
「それに、最近は測量の依頼が多いのです。教会でも貴族様方も土地の開墾に熱心で測量士が足りないのです」
測量士のバンドルフィは、溜息をついて見せた。
もっとも、その若さと溌剌とした容貌のせいか、疲れているフリのようにしか見えない。
「ですから、私も比較的若い方ではありますが、もっと若いものも文字通り王国中を走り回っておりますよ。中には十代で測量士となる者もいるほどです」
「ほう。それだけ若いと、相手方から何か言われませんか。その、測量されることを嫌がる方もいらっしゃるでしょう?」
正確な地図は軍事情報として機密の対象であるし、正確に畑の面積を測ることは徴税の基本である。
いずれも、封建制における領主の権利を強化するものであるけれども、同時に村の裁量の余地を減らし、自治を脅かす要素でもある。
いかに領主から話が通っていたとしても、現場で村人達が協力してくれるとは限らない。
むしろ村長の意向を受けて、影に日向に嫌がらせをしても不思議ではない。
その際に役立つのは、測量士本人が舐められないようにするための資質である。
例えば、それは大きな体格であったり、雄弁な弁舌であったり、あるいは高い身分であったりする。
「ええまあ、そうですね。ただ中途半端に武勇があっても数の前にはどうしようもないので、私達は走って逃げるのです。最近は、良い靴が出たので本当に楽になりました」
バンドルフィが聖職者の服に隠れた靴を自慢げに見せてくる。
「開拓者の靴じゃないですか!どこで手に入れたんですか?」
枢機卿が普段から履いている靴ということで、高価格で取引されている、あの靴である。
普通の聖職者に買える代物ではない。
それとも測量士というのは、際立って高級な職種なのだろうか。
「あ、わかりますか?これはニコロ司祭に頂いたのです。この靴を履いてから、相手を撒くのが簡単になりました。藪を抜けたり、足元の悪い場所を走るだけで、引き離せますからね。何度も助けてもらっています」
「なるほど」
少しばかり想定していた用途とは異なるが、現場で活躍しているのならば、それでいい。
富裕な家の祭壇に飾られているよりも、よほど世の中のためになっていると言えるだろう。
「もしよろしければ、会談の間、会社の職人に手入れをさせましょうか?多少、傷んでいるようです」
「本当ですか!それはありがたい!」
バンドルフィは踊り上がって喜んだ。
これだけ喜んでもらえると、俺としても靴を作った甲斐がある。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ところで、今回の測量範囲について相談したいとのことですが」
事務所の卓上には、開村時の旧地図に新人官吏達が注意書きをした大き目の羊皮紙が置いてある。
今後の計画をどうするにせよ、とりあえずの目安が必要だからだ。
バンドルフィの方も、先程までの無邪気な若者の様子は消えて、専門家として発言している。
「そうですね。結局、測量はどこまで凝るか、が問題となるのです。現在の畑だけを測れば良いのか。あるいは今後の開拓計画に沿って畑の区画割も含めて測り直すのか。現在の村の全周測量も実施するのか。あるいは村の外の開拓予定地まで含めた全周測量も行うのか。水車小屋を川の側に建設されるということであれば、その周囲や傾きの測量も必要となるでしょう。全て測れ、と言われれば測ることもできますが、それには膨大な労力と、何より資金がかかりますのでお勧めできません」
「なるほど。何をして欲しいというよりも、何をやらないかを決めて欲しい、ということですね」
「ご理解が早くて助かります」
これは要するに、測量という仕事の要件定義をしてくれと言われているのだ。
依頼主として、何を優先し、何をやらないと決めているのか。
仕事の優先順位と焦点は、仕事を依頼する人間が決定することだ。
それを決定できない依頼主は「全てやってくれ」と丸投げし、結果に文句をつけることになる。
なかなか苦労しているな、と目の前の若い測量士に少しだけ同情の念を覚えた。
本日は22:00にも更新します




