第458話 生きているのか死んでいるのか
「待て!そこの馬車待て!」
剣牙の兵団と男爵は、長い遠征を終え、まさに本拠地である街へと帰還しようとしていた。
ところが、街の門に差し掛かったところで衛兵に予期せぬ誰何を受ける羽目になっていた。
剣牙の兵団は街でも顔になっていたし、通常は素通りしているものだ。
男爵も貴族階級に常として、門の通過には一定の便宜を図ってもらえるのが普通だ。
衛兵に誰何されるというのは、それだけの非日常的光景なのだ。
その原因となった、非日常的な物体は、大きな馬車に載せられて獣臭を放っている。
「そ、それは人喰い巨人ではないか!生きた怪物の街への持ち込みは違法ですぞ!」
衛兵は街の英雄と貴族を前にして、精一杯の勇気を振るい、言い渡す。
荷台に積まれた巨大な人形の怪物は、人喰い巨人に違いない。
その色艶は、確実に生きている怪物のものだ。
衛兵はこれまでに何度か遠征に参加したことがあり、その際に先達から人喰い巨人の怖ろしさについては何度も聞く機会があったのだ。
この街が伯爵領であり、自分の方が形式的には権威があるハズという認識と、3等街区の家にいる老いた母、まだ若い妻と幼い娘の存在が、彼に必死の態度を取らせていた。
騒ぎを聞きつけて、衛兵の同僚たちが集まってくる。
とは言え、その数はせいぜい10人。
もし剣牙の兵団がその気になれば、あっという間に蹴散らされてしまうだろう。
衛兵は自分達よりも遥かに体躯が大きく、大型の武器を持った集団を前にして気圧されながらも懸命に道を塞ぐ。
普段は頼もしい手の内の持ちの槍が短く細く、なんと頼りなく感じられることか。
すると「どうしましたか」という静かであるにもかかわらず妙に響く声がして、荒くれ者の傭兵たちの間を縫うようにして、目の前に整った顔立ちの男が姿を見せた。
衛兵に心の余裕があれば、彼が通る道を邪魔せぬよう、巨漢の傭兵達が道を左右に退いたことが見て取れただろう。
「こ、これはジルボア殿!いかにジルボア殿とて、違法は違法!街への怪物の持ち込みは断固としてお断りいたしますぞ!」
衛兵は動揺を隠すためか、自分でも意外なほど甲高い声が出た。
背後の傭兵たちが失笑する気配がするが、それに構ってはいられない。
「ふむ。困りましたね」
なぜ傭兵隊長などをしているのか不思議なほどに秀麗な顔立ちをした男は、他人事のように呟いた後、その顔と同じように整った指先を眉間に当てて考えこむ様子を見せた。
衛兵は、この場にそぐわない非常に不合理な感情ではあったが、自分が非常に不味いことをしているような気分になってきた。
だから、その傭兵隊長が「では、こうしましょう!」と指を鳴らした提案に思わず頷いてしまったのだ。
「では、私が怪物が死んでいる証拠に怪物の手足を剣で刺してみましょう。それで何も反応がなければ、この怪物は死んでいるものとして門を通らせてもらう。これでいいですよね?」
「ま、魔術を使っているのじゃないよな?」
「人喰い巨人を捕獲する魔術ですか?そんなものがあれば我々冒険者は廃業ですよ」
衛兵の懸命の反論も、傭兵隊長が肩を竦めてみせると、そんなものか、と思ってしまう。
衛兵も反射的に言い返しただけで、魔術というものに知識があるわけではない。
結局、剣牙の兵団と男爵の馬車は、正面から堂々と門を抜け、この男爵邸のアトリエまで人喰い巨人を運び込むことに成功したのだ。
明日は18:00に更新します
⇒すみません。218:原稿を書く時間がっとれなかったので、22:00に更新します




