第456話 大地の夢
パチ・・・パチ・・パチ・
男爵様の報告が終わると、参加者の中からパラパラと始まった拍手は、すぐに天井の高いアトリエ全体を圧する豪雨のような万雷の拍手へと変化した。
「すばらしい発見ですな!」
「なんという勇気ある研究!」
「男爵こそ王国一の知性の持ち主と言えるでしょう!」
貴族達は、一心に拍手し、今回の冒険行を成し遂げた男爵を口々に褒め称えていた。
報告者である男爵は大いに面目を施した形となり、真っ赤な顔で興奮し右手を挙げて仲間たちの祝福に応える。
冒険者を同道しての調査行という危険に挑んだ試行は、充分な成果となって帰ってきたと言って良い。
今日までの長期間、変わり者と蔑まれてきた男爵にとって、研究が報われ、名誉の挽回が叶った人生最良の日となったのではないか。
この日から、この研究から、男爵の人生は変わる。
男爵の報告会を聞いた全ての人間は、男爵の学者としての輝かしい将来を確信した。
◇ ◇ ◇ ◇
「・・・麻酔とはね。おそれいったよ」
男爵様の発表を聞きながら、他人に聞かれないよう気をつけて小さな声で呟く。
それならば口に出さなければよいのだが、衝撃のあまり、黙ってはいられなかった。
怪我の功名なのか知的な直感に優れているのかはわからないが、男爵様のやったことは怪物捕獲のための麻酔使用という、この世界初であろう発明と発見である。
同時に、魔術のような属人的な技能ではなく、麻酔薬を染み込ませた矢や武器で怪物を攻撃することで、怪物を生きたまま容易に捕獲できるという事例を作り、その方式を発表したことになる。
怪物の研究をするために、これまでは死体を研究するしかなかった。
怪物は基本的に街から離れた場所に生息しており、研究者は城壁の内にいるという地理的制約から、死んでから数日以上経った半分腐りかけの死体を研究するしかなかったので、いきおい骨格や爪、羽といった腐らない部分を対象とするものが多くなっていたのは、仕方のないことだったろう。
だが、男爵の発明で、その状況は変わる。
怪物を生きたまま捕らえることができれば、その生態の研究は飛躍的に進むだろう。
怪物を生きたまま街に持ってくることが容易になるからだ。
研究が進めば、効率的な怪物の駆除の方法が開発されることになるかかもしれない。
門外漢の俺が少し考えただけでも、幾つかの研究テーマは思いつく。
例えば、生きたまま怪物を研究できれば、どんな毒に弱いか定量的なデータを取ることができるようになるはずだ。
もし怪物にとって安価で効果的な毒を発見できれば、力の弱い者でも怪物の駆除が可能になる。
あるいは怪物の新鮮な内臓を取り出せれば、どの部分が何の働きをしているのか、どこを傷つければ容易に死ぬのかデータを取って比較することができるだろう。
さらに怪物の胃袋や腸を解剖することで、怪物の食事や行動範囲を推測できることができるようになり、生態の解明が進むかもしれない。そうなれば正面から怪物と対峙せずとも、罠で怪物を捕らえることだってできる。
現在、会社で開発中の印刷機を使って克明な絵図面と共に、怪物の弱点や行動の特徴、駆除の方法や手順などを王国全土に配布することができるようになれば、そして農村の農民や駆け出し冒険者でも、その種の情報に十全に接することのできる環境を整えることができれば、いつか怪物をこの世界から完全に駆逐することだってできるかもしれない。
そうなれば、届かないかもと思っていた未来が、あの光景が実現するかもしれない。
地平線の向こうまで柵もなく一面に広がる小麦畑。
城壁の外でも安心して遊ぶ子供たち。
そうして夜になれば、畑仕事を終えた大人は子供たちにせがまれて話すのだ。
この大地にかつて存在した、怖ろしい怪物たちの話を。
男爵の発見には、それだけの価値がある。
本日22:00の更新は難しそうです。
明日は12:00に更新します。




