第450話 男爵様のアトリエ
数日後、俺はジルボアと連れ立って男爵様の屋敷への道を歩いていた。
もっとも、2人とも身軽に歩ける身分ではないから、前後には4人の護衛がついている。
正直、ジルボアは護衛についている誰よりも強いと思うのだが、これも格式というやつだ。
「それにしても、随分と大げさな格好をしているな」
護衛の連中が街中にも関わらず革鎧と大型の武器を携行しているのが気になる。
革鎧と一口に言っても、魔物の革を加工した金属鎧とほとんど変わらないだけの強度を持つ特殊なものから、綿襖甲まで幅広い種類があり、護衛が身につけているのは前者だ。
ちなみに前者をハード・レザー、後者をソフト・レザーと呼ぶこともある。
もう1つ、気になるのは抱えている大型の武器だ。携行する盾は分厚くスパイクがついており、斧槍は斧の反対側に巨大な鈎がついている。
「男爵様の依頼で作成した人喰い巨人捕獲用の道具さ。今回のサロンで、お友達に披露したいそうだ」
「なるほど」
言われてみれば、彼らの装備は大型の怪物を捕獲するために工夫された武器なのだろうことが見てとれる。
盾や武器についているスパイクやカギは、殺すのではなく、傷つけて怯ませたり、痛みで動けなくするための改良だ。
「道具自体は比較的簡単に改造できたが、訓練と運用には時間がかかった。だが、それだけの成果はあった。魔物を殺すことと捕らえることは、まるで違う経験だ。遠征に参加したものたちは、いい経験を積んだな」
ジルボアのいう成果とは、単なる金銭的なものではないという。
魔物を捕らえるための装備改善、部隊運用、ノウハウの蓄積といった目に見えない点で、今回の遠征が兵団の実力の底上げに寄与した実感と、自信がうかがえた。
「まあ、そのあたりの実際は男爵様の前で説明させていただくさ。ほら、見えてきたぞ」
ジルボアが指差す方向を見ると、大きな屋根と開放的な窓に特徴のある男爵様の屋敷のアトリエが、門の向こう側にニョッキリとした存在感を示していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おお、よく来たな。今回の遠征の功労者のジルボア殿だ!それと、ケンジ殿だったな。いやいや、今回の報告会に参加してもらえて嬉しいぞ。これは歴史的快挙というものだからな!」
久しぶりに会う男爵様は、人が変わったようにニコニコとして愛想良く手を握ってきた。
正直、人違いではないかと顔を見直してしまったほどである。
あれほど収蔵品ばかり目立って人気が少なく寂れていたアトリエには、着飾った男性と少数の女性が20人近くもおり、ちょっとしたコンサートのように華やかな雰囲気に溢れていた。
アトリエ内には小さな卓が何箇所か設けられて、ワインやチーズ、ナッツなどが摘めるよう配慮されて、男爵様はその島をところ狭しと飛び回り、笑顔でホストを努めているのだ。
「あの男爵様がなあ・・・」
と、以前の偏屈で人の言うことを聞かない態度を見ていた身からすると、その変身ぶりに戸惑いを隠せない。
「あれは、浮かれているのさ」
とジルボアは言う。
「男爵様からすれば、長年に渡って日陰扱いを受けていた自分の技術と研究が日の目を見るわけだからな。浮かれようというものさ。それに、実際、人喰い巨人の見世物というのは人を呼べるだろう?」
「なるほど」
頷いてから、今度は俺がジルボアの顔を見直す番だった。
「生きたまま怪物を連れて城壁内に運び込んだのか!どうやって!」
ジルボアは悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべると
「なに、少しばかり苦労したのさ」
と、まるで苦労の様子を見せずに言うと、給仕の持ってきたワインを一口飲んだ。
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