第437話 手紙
裏口に回ってみると、シーツや食料品などを運び込んでいる馬車がいたので、その脇を何気ない風をして通ることで入り込むことができた。
(うーん・・・お腹に赤ちゃんがいるっていうぐらいだから、1階にいるのかしらね)
建物の中に入り込んだはいいが、廊下に面したドアが多く、どこが目当ての部屋かわからない。
「まあ、そういう時こそ機転の利かせどころよね!」
とりあえず手近なドアをノックしてみる。
すると、背格好はローラと同じぐらいだが、露出の多い下着のような格好をした女性が出てきた。
しきりに欠伸をして眠そうだ。ひょっとすると、今の時間は睡眠時間なのかもしれなかった。
相手には気の毒な話だが、頭が回っていないのならば、丁度良い。
「すみません。ローラさんにお花を届けるように言われてきました。こちらはローラさんのお部屋でしょうか?」
間違っているのを承知で訊ねる。そこで教えてもらう作戦だ。
「あら、綺麗なお花ね。残念、ここじゃないわ。ローラなら2階の左手、一番奥の部屋よ。ところで、それ誰からのお花なの?例のあの若様から?」
相手の女性が声を低めて鎌をかけてきたので、サラはピンときた。
「すみません、それはお話できないんです。ぜひ秘密にしたい、と仰られたので」
秘密めかした返答は、相手にしてみれば答えを得たようなものである。
「まあ、そうでしょうとも!そうよね、秘密に決まってるものね。ローラにはアニタから頑張るようにね、って伝えておいてくれる?あたしも、そんな花をくれる人が欲しいわあ」
「はい、おっしゃるとおりにします」
サラは精一杯の努力で花売りの娘役を演技すると、ローラの部屋に向かった。
(ローラさんは秘密にしてるみたいだけど、相手の人はバレバレみたいね)
いくら広い館と言っても、同じ館内である。
娼館の中では女性達は比較的に自由が利くようだし、そうなれば言葉に出さなくとも互いの客や事情がなんとなくわかってしまうものだ。
それに、そうした情報は娼館に出入りする業者などからも自然と漏れていく。
「こんなんで、父親のことが漏れてないなんてことがあるのかしら?」
小さな声で呟いたつもりが静かな館内では予想外に大きく響いたように感じて、サラは慌てて両手で自分の口を塞いだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ローラさん、お届け物です」
「はい・・・えっ!サラさん?どうやって入って来たの?」
サラがローラの部屋を訪ねると、ローラは目を大きく見開いて驚いた。
「そりゃあ、あたしは腕利きの冒険者だもの。このくらい簡単よ!」
サラとしては、ローラの今の反応が見られただけでも満足である。
少しばかり誇張して、今回の侵入劇を語ってみせると、ローラは下を向いてしまった。
「ごめんなさい。こちらから依頼しておいて・・・。あれから急に監視が厳しくなって、どうしても抜け出せなかったの」
前回は買い物に行く途中に迷った振りをし、同行者を撒いて相談に来たそうだ。
ところが、それ以来、外出も制限されているという。
「ううん、いいの。それに今もあんまり時間がないでしょ?今日は父親の人のことを知りたくて来たの。名前だけじゃなくて、領地とか官職とか。それと・・・気を悪くしないでね?その人が確かに父親だっていう証拠もいるの」
「いいの。それはそうよね。ええと・・・そうだ!手紙!何通か手紙を貰ったの!」
「お金持ちねえ・・・」
羨ましい、という気持ちの前に、つい庶民的な経済感覚が先に出る。
王都と街の間で手紙をやり取りしようと思えば、庶民の生活が何日も賄えるだけの費用がかかる。
そういった手紙を気軽に何通も遅れるのであれば、内容はともかくとして、相手が王都の貴族であるという線は確かであるように思えた。
本日は22:00にも更新します




