第432話 女の相談
ようやく素面になったサラは、安宿の卓を挟んで女と対峙していた。
卓上には宿の主人に無理を言って沸かしてもらった茶が2杯、淹れられている。
「あたしは、サラ。ケンジと一緒に冒険者の相談に乗る仕事をしているの」
サラが名乗ると、女は胡乱げな目つきでサラをねめつけたまま口を開かない。
「困ったわね。とりあえず予約だけは、あたしの方で受けるから。用件と時間帯だけ教えて」
サラがそう言って、予約に使っている棒を取り出して調整を始めようとすると、ようやく女の方もサラのことを信用しても良いか、と思い定めたらしい。
「あたしは、ローラ。ケンジって人に相談したいことがあるの」
「ローラ、ね。ええと、相談内容を聞いてもいい?あなたは冒険者に見えないし、ケンジに相談できないことだったら、お互い時間の無駄だと思うし」
ケンジの実績が積み上がって評判が上がるにつれて、様々な相談事が持ち込まれるようになっている。
その中には、どう考えてもケンジに相談するような事でないものも増えている。
例えば、冒険者ギルドに貼ってある依頼をこなしたのに賞金が払われないというので出張ってみれば、文字の読めない冒険者が代読の費用をケチって依頼の内容を間違えていたりとか、うんざりするような些細なものも増えてきている。
そういった、細々とした依頼にケンジがうんざりしている様子が見えるので、サラの方で予備的に依頼内容を予め聞いておいて、簡単な依頼であればサラがこなしてしまうことも増えている。
依頼内容はくだらなくても、ちょっとした小遣いぐらいにはなっているので、ついサラの方も財布の紐が緩んで昼間から麦酒を飲んでしまっていたわけだが。
「・・・あなた、こんな安宿にいる割に痩せてないわね。顔色もいいし、髪の色ツヤもいい。着ている服もちゃんとしてるわね」
サラがローラのことを観察するように、ローラもサラのことを観察していたらしい。
元々、女同士が相手を見る時はつま先から頭の先まで観察するものだが、被服の高価なこの世界では職業や経済状態は、まず服にでる。ローラの言う、ちゃんとした服を着ている冒険者というのは、駆け出し冒険者としては珍しいと見たということになる。
「そうね。あたしは冒険者だけど、わりと場数は踏んでるつもりだし、ケンジの仕事を手伝ってるから懐はあたたかいんだってば!」
と、あまり豊かでない胸を叩いてみせる。
すると、それまでギュッと眉をしかめていた女性が頭を下げて謝ってきたので、サラは慌てることになった。
「ごめんなさい。疑ってしまって。ちょっと、誰にも相談できないことだったから・・・。それに、あなたのような女性の方が、本当は相談しやすいのかも」
「え、ええ?いえ、いいのいいの。あたしも昼間からお酒を飲んでたのが悪かったし・・・」
相手に下手に出られると困ってしまう。
それに、このローラという女性からは頑なで強気な態度とは別に、助けを求める信号を全身から発しているような、放っておけない雰囲気を感じる。
「それで、ローラさんは、どういった相談なの?」
「その、子供ができたことを父親に知らせたくて、学のある人に知恵を借りられないかと思って・・・」
「お子さん?ひょっとして父親は冒険者なの?それなら調べられると思うわ」
服装が娼婦というには地味で体を隠すような服装であったのは、妊娠した体形を隠すためであったのか。
娼婦と冒険者の間に子供ができて、冒険者を引退するという事例は珍しくない。
小金があれば田舎に帰って畑を買うこともできるだろう。
だが、そのサラの思惑はローラが続けた言葉で吹き飛んだ。
「いいえ、その、父親は王都の貴族なのです・・・」
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