第43話 放っておけない
今後、自分は何を軸として生きていくべきだろうか。
まず、必須の要素は、この街で元冒険者というキャリアを生かして
商売を軌道に乗せることだ。
この世界に転移して5年、金銭と地縁がなければ、本当に何も
始められないことを思い知る日々だった。
始めは、現代世界の知恵を生かして商売を起こしたりしようともしたが、
何か新しいことをしようとすると、様々なギルドの既得権に引っかかる。
それでは、と商会に入ろうとすると地縁がないので信用されない。
冒険者になるというのは、当時としてはやむを得ない消極的選択だった。
ささやかながら築いた冒険者のキャリアと駆け出し冒険者を支援した実績が
俺の持っている資産の全てだ。
全てのサービスは、その土台の上にあることを意識する必要がある。
今の商売は、新人冒険者達のツアー案内がメインだ。
これだけで月に大銅貨30枚になる。
そして、次に冒険者用の丈夫で歩きやすい靴を開発しようとしている。
これが幾らの収益になるのか、正直予測はつかない。
だが、全ての冒険者に必須の装備であることを、俺は確信している。
冒険者向けの靴などというギルドはないので、強い地縁があれば
邪魔される怖れもない。
そして、先日は剣牙の兵団という強い地縁を手に入れた。
一流クランは、貴族や職人に強い地縁を持つ。
それに、冒険者の間にも強い影響力を持っている。
こうして整理すると、自分の決定するべきことが判る。
剣牙の兵団に誘われたのは嬉しいが、断るべきだ。
剣牙の兵団は、いずれこの街を出ていくべき冒険者だ。
そのように、俺が彼らを変える。
なぜなら、剣牙の兵団の成長のためには、そうすべきだからだ。
この街で地縁を作り、商売を広げようと躍起になっている
自分とは、生き方が違う。
それに、と赤い髪のサラを想いながら考える。
俺は、この街のムサくて汚くて無教養な新人冒険者を放っておけないのだ。




