第422話 弁論
俺達が席に着くと、正面に座る5人の聖職者の真ん中の人間が口を開き、重々しく宣言した。
「これよりニコロ司祭管理領地における代官の係争について調査と仲裁を行うものである。当小法廷において両者は教会法の定めに従い、事実と真実のみを答え、係争の収束に資する発言を心がけるように。宜しいか?」
どうやら一足飛びに刑を言い渡されたりはせず、こちらの言い分も聞いてもらえるようだ。
「同意します」
カツラ代官側の法官らしき男が、立ち上がって同意を示した。
なるほど、ああやるのか。
俺も頷いて見せると、クラウディオが立ち上がり、同様に「同意します」と意を示した。
教会法という独自の法律と、独自の法廷を持つだけあって、それなりに裁判も洗練されているらしい。
この種の裁判を円滑にとり行うためには法律関係の専門家が多数必要である。
幾人かの若手の聖職者と接した経験からも、教会では法律を主とした文官教育が実施されていることは明らかである。逆に言えば、教会だからこそ、この種の人材的に贅沢な裁判が行えるのだろう。
「さて。この度は領地の管轄権を侵された、との訴えであるが、それは事実か」
「はい、事実であります。私の主であるプルパン様が管轄する領地におきまして、そこの次期代官であると主張するケンジと申す者の手下が領地に無断で侵入し、村人、そして教会の司祭までも誘拐したのでございます。これは明らかに領地に対する管轄権、及び財産権の侵害となります。私の主は、ケンジなる者を領地管理の侵害、財産の略奪の罪で訴えるものです」
小男が、ペラペラとよく喋る。おそらくは訴訟の専門家だろう。
この数日で慌てて雇い入れたものと見える。
「なるほど。それでは反論はあるか?」
今度はこちらの番か。
クラウディオに任せてもいいが、自分で答えるほうが印象は良いだろう。
裁判官らしき男の目を見て発言する。
「プルパン殿の訴えは、事実ではありません」
「その根拠は?」
「まず、私は当該領地に侵入しておりません。ここ1週間ほどは、常に街の革通りのある自分の所有する工房におりました。私の工房の職人だけでなく、近所の工房に訪ねても同じ回答が帰ってくるはずでございます。また、城門を通る門衛に問い合わせても、同じ回答が帰ってくるはずであると確信しております」
「ふむ。それでは誘拐をしたとの訴えについては?」
「確かに数名の村人について私の工房で保護をしております。しかし、それは村人から身体、生命の危険を訴えられたため、人道に基づきやむなく保護したのであります。その証拠に、私の工房に辿り着いた村人達は非常に怯えておりました。今では、屈強な護衛の元で安心して生活しており、食事と衛生についても管理された状態にあります。私としては、彼らの生命と身体が保護されるための条件が整えば、いつでも帰村を許可するつもりであります。また、彼らを保護することで私は一切の金銭的利益を得ておりません。むしろ生活を保証する費用が増えているほどです。ですから、これは誘拐ではありません」
「なるほど」
普通の法廷闘争であれば嘘も技術のうちだが、この世界には魔術がある。
まして聖職者が執り行う大制度の中の法廷での裁判ともなれば、どこかで魔術を使われる可能性も否定出来ない。
あるいは、ひょっとすると既に魔術を使われていて自覚できないだけかもしれない。
なので、こちらの方針として、嘘は言わないことにしている。
事実、俺がここまで述べた弁護に嘘は含まれていない。
「証拠を示すことはできるか?」
「必要であれば、証拠も証言も揃えることができます」
ここまで事実しか述べていないので、幾ら疑われても心に一片の曇りもない。
目をまっすぐ見据えて答える俺に満足したのか、裁判官らしき男は頷いた。
本日は22:00にも更新します




