第412話 靴屋仕置の影響
盗難騒動の顛末を受けて、幾つかの変化があった。
まず、修理を請け負う工房との契約が、なぜかスムーズに進んだことである。
これまで腰が重かった3等街区の工房の親方達が、突然に契約に前向きになり提携工房が順調に増えることになった。
少なくとも、工房で門前払いされることはなくなった。
ここまでは良い変化だ。
悪い変化としては、会社に入りたいという他の工房からの転職志望者が来なくなったことだ。
総括すると修理業務の外注化に目処はついたが製造現場の負担は減らない、という状態である。
「まあ、市民がビビっちまうのもわからんでもないですがね」
とキリクは言う。
俺はカタギではないのか。
「でもどうするの?職人さんが来てくれなかったら、工場は大きくできないよ?」
とサラは心配そうだ。今の規模でも全く食うには困らないが、生産を拡大するには頭数が必要なのだ。
「少し早いかもしれないが、計画を前倒しにするか」
「計画?」
「ああ。元冒険者と農民を雇うのさ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
以前から、工場が軌道に乗ったら農民や引退冒険者を雇用しようと思っていたのだ。
街中で熟練した職人を引き抜くことが難しくなった以上、雇えるのは素人だけだ。
それで、どうせ素人を雇うなら、元冒険者と農民を雇いたいのだ。
とは言え、元冒険者と農民の街中での雇用には考えるべき点も多い。
「まず採用のルートを作らないとな。その前に広報活動からか?冒険者ギルドを使うか?」
農民が街に働きに来ても、農業の技術は街中での暮らしには役立たないので、城壁の建設作業員などの力仕事に就くか、冒険者のように命の危険がある仕事に就くしかない。
なので、街に来る農民は大体、冒険者ギルドに来る。そこでつかまえようというわけだ。
だが、大抵の場合、農民は冒険者の仕事の危険性ついては無知であるし、素人を雇い入れる工房などこれまで存在しなかったので、そもそも怪しんで応募に応じないかもしれない。
「あたしは、小さい子から雇って欲しいな。前に話した3人組の子とか、本当に子供だったもの。冒険者になってもいいけど、せめて体が出来上がるまでは街中の仕事をさせてあげたいの。それに小さい子のほうが、仕事の覚えがいいでしょ?」
雇い入れるにしても、全ての人間を雇うわけにはいかないので方針を定める必要がある。
サラの言うように、子供を雇い入れるというのは方針の一つとして考慮の余地がある。
先日の騒ぎで思い知ったのだが、やはりこの工場の方針は独特だ。
他の工房で育った職人が会社の方針に慣れるのは難しいのかもしれない。
まるで新卒しか採用しない企業のような思考になってしまうが、子供は技術の覚えも早い。
トマのような少年も、充分に役立つことを先日示したばかりだ。
この工房の職人も若手が中心であるし、彼らよりも年下を雇っていくのが良いのかもしれない。
管理者は育成するか、管理手法を改善することで何とかする。
「しかし、そうなると住居や世話をする人間が要るな。サラはダメだぞ、やってもらうことがあるからな」
子供を大勢雇うとなると、寮のような設備と世話をする人手が必要になる。
「うーん、それなら職人さんの奥さんにやってもらったら?住むところは会社で手配してあげればいいし、朝ごはんは会社で食べてるでしょ?晩ごはんだけやってもらえばいいわけだし」
なるほど。それならいけるかもしれない。
そうなると、会社は困窮した子供を雇い入れて高級品を作る工房となるわけか。
おまけに暴力沙汰にも強い。
どんなブラック企業だ。
明日は18:00に更新します




