第410話 尋問
「悪いが、剣牙の兵団の事務所まで知らせに行ってくれ。これから3人、連れて行くとな」
職人の1人に声をかけて、兵団の事務所まで使いに行ってもらう。
剣牙の兵団の事務所には、敵対した連中に素直に喋ってもらうための部屋がある。
工場には女子供も大勢いるので、そういった光景は見せたくない。
「な、なんで俺達まで!」
「か、帰してくれ!」
と盗みに関与しなかった職人が怯えて訴えるが、直接実行しなかったとしても、間接的に関与しなかったという証拠は今のところないので、解放することはできない。
「運が悪かったな」
だから、俺が言える言葉は、それだけだ。
すると2人の職人は急に暴れだした。
「そ、そんな!あんまりだ!」
「助けてくれ!くそ、こいつのせいでとんだとばっちりだ!」
だが、すぐに護衛の剣牙の兵団の連中に押さえつけられる。
「うるせえ!!何もなきゃ帰してやる。黙ってろ!!」
キリクが一喝すると、大人しくなった。
なにしろ、大柄で筋肉が発達していて、見るからに場数を踏んでいるキリクが凄むと相当の迫力がある。
護衛についてもらった最初の頃は、うちの職人や女子供は怯えて近づかなかった程だ。
歴戦の傭兵に凄まれて、すっかり怯えた職人の図。
この光景は、たいへんよろしくない。
まるで悪漢を使役して善良な町人を脅すヤクザのようだ。
かといって、この職人達を無罪放免とすることもできない。
代官としての立場、工場主としての職人達への示し、警備についている剣牙の兵団の面子。
それらの社会的立場と面子が、この盗人をわかりやすく処罰することを求めている。
くそっ。なんでこんなことをしたんだ。このバカが。
俺は顔色を一段と青くして今にも倒れそうな職人に心の中で毒づいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
事務所までの途上、職人達の態度は大人しいものだった。
もっとも、前後左右を自分の頭1つ近く大きい武装した傭兵たちに囲まれていては、逃げ出そうと言う気力も沸かなかったろうが。
事務所には珍しくジルボアもいた。
「なんだ、暗殺者にしてはずいぶんと弱そうじゃないか」
こちらの事情を知っていて、ジルボアがからかってくる。
こっちはそういう気分じゃないんだが。
「暗殺者の方が気楽だよ。始末が簡単だからな」
こちらも減らず口を叩いたが、それが正直な気持ちだった。
奥の特別な目的の部屋を借りて、床に盗みを働いた職人を座らせる。残りの2人は壁際で座って見学だ。
その部屋の床には石のタイルが敷いてあり、排水口も備えてある。血糊がついても洗い流しやすくするためだ。
剣牙の兵団には、素直に喋ってもらうための技術に優れた人間がいるそうなので、道具を持ってキリクの反対側の脇に立たせる。
人の腰程度の長さの木の棒の先に無数の鉄製の棘が生えた見るからに恐ろしそうな武器だ。
「おい、そいつに血がついてるぞ。使う前にちゃんと落としとけよ」
「おっと。すみません。先日も使ったばかりで。しっかりと落としたハズなんですが・・・」
キリクが注意すると、拷問係の男がわざとらしく布を取り出して道具を拭い、布が赤黒く染まっているのを見せる。
それだけで暴力沙汰に慣れていない職人達は、気を失わんばかりに顔色が青くなり、歯をガチガチと鳴らしている。
当然、ここまでのやり取りは仕込みなのだが、それに気がつく心の余裕は失われている。
とりあえず血を見ずに済みそうなことに心のなかで感謝をしつつ、尋問を始める。
「それじゃあ、もう一度最初から話してもらおうか。本当の名前は?どこの工房だ?親方の名前は?」
我ながら、冷たく聞こえる声は出せたと思う。
何しろ、感じている怒りは本物であったから。
本日は22:00にも更新します




