第400話 靴の修理は誰がする
400話の更新となります。ここまで続けてこられたのは皆様の応援のおかげです。
こんな話がある。
ある工場で在庫がどうしてもへらせない、工員たちにどれだけ在庫を減らす大切さを話しても、わかってもらえない、と。
相談を受けた人はどうしたか。
工員達が出勤してくる工場の入口に、在庫を山と積み上げたのだ。
それ以来、工場の余剰在庫は劇的に減ったとか。
ずいぶんと昔の話で、俺も経営の本で読んだだけだからうろ覚えではある。
ただ、それぐらい人間には視覚の持つ説得力が高い。
普通の工房は、作業場を見学させたりはしない。
工房には得意な技術があり、それは職人同士が治具や工具を見ればわかってしまうからだ、ということになっている。
実際のところ、各工房がそこまで高い技術を持っているわけではない。
なぜなら、それだけの技術を持っていれば3等街区に靴工房を構えているはずがないからだ。
ほとんどは、慣習的なものだろう。
会社の工房を見た親方達は、どんな反応をするだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あなた達には、守護の靴の修理を引き受けて欲しいのです」
俺が持ちかけた話に、親方達は怪訝な顔を見せた。
靴は庶民にとって高価なものであるから、靴を修理したり、足に合わせて調整するのは工房にとって収益の柱の一つである。
なぜ、それを譲るというのか。どんな裏があるのか。
「それには事業としての理由があります」
守護の靴は冒険者という戦いと移動を生業とする人間たちのために作った靴であるから、消耗が激しい。
深い泥濘、尖った岩、怪物の牙や武器など、靴を傷める要因に事欠かない。
一応、手入れ用の油も渡してはいるが、それだけでは追いつかないだろう。
会社の方にも、修理すべき靴は次々に持ち込まれている。
そして靴の生産量が増えれば増えるほど、修理依頼は増え続けている。
その依頼をどうやって処理するか。
会社として方向性を打ち出すべき時期に来ていたのだ。
「そこで、修理の事業は、会社だけで独占するのではなく広く皆さんに依頼したいのです」
それに対し、親方達の態度は二通りに別れた。
「作ってもいない靴を修理させる。俺達に下につけっていうのかい?」
「対価を払って依頼する以上、私は対等の取引だと考えています。そういった見方は好きではありませんが」
「それに、そもそも、守護の靴の修理をしたことのある方の方が多いのではないですか?」
俺が問いかけると、数人の親方が目を背けた。
「私が提案するのは、継続的な契約です。私達は、これから沢山の、本当に沢山の靴を作ります。全ての冒険者に行き渡るまで、靴を作ります。靴が多くなれば、修理の依頼が多くなるはずです。提携いただければ、こちらで守護の靴を修理するための訓練をします。材料も提供します。管理のための書類も提供します。書き方も教えます」
申し出が、あまりに上手い話に聞こえるからか、別の親方から疑問があがった。
「ちょっと、俺達にはよくわかんねえ。いい話にも聞こえるし、何だか騙されてる気もする。相談する時間が欲しい」
「なるほど。もっともです。じっくり相談してください。良い返事を待ってますよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゴルゴゴの見るところ、親方達にショックを与えることはできたが、実際の行動にでるかは難しいところだという。
「いずれは話に乗ってくるかもしれんが、腰は重いかもしれんな。年寄りは決断が遅い」
「それは困るな。こっちはできるだけ急ぎたい」
靴の供給が遅れれば遅れるほど、駆け出しの冒険者に靴が行き渡る時期が遅くなる。
「ふうむ。しかし、急かすと断ってくるかもしれんぞ」
「その時はその時だ。別の方法を取るまでだ」
「何だ?修理できるだけの職人を抱え込むのは難しいぞ?」
「ちがう。そのときは、工場をもっとでかくする。素人でも作れるように治具と工程を成熟させて、もっともっと靴を作る。パンを焼くように靴を沢山作って、修理なんてしなくても次の靴を買えるようにするのさ」
「法螺じゃな。夢物語だ」
俺の構想を、ゴルゴゴは笑い飛ばした。
明日は18:00に更新します
 




