第396話 シナリオの有り難み
開発と徴税については、調査が進まないと具体的な項目は決定できないという。
「まあ、シナリオ作るよりも、やってみてのフィードバックを回すほうが早いかな」
新人官吏達の方針に賛同したつもりだったが、言葉の選択を誤ったらしい。
「シナリオというのは、なんですか?」
とパペリーノに質問された。
少し、どうやって説明するのに悩んだ。
簡単に説明すると馬鹿みたいに簡単だが、難しく説明すると難しい。
そういう概念だからだ。
結局、新人官吏達の反応を探りながら説明することになる。
「領地開発にシナリオ計画という方法を使ったとする。例えば、3通りのシナリオを立てる。すごく上手く行った場合、想定通りだった場合、大失敗した場合」
「うまく行った場合、なにか考える必要があるんですか?」
「うまく行った場合、例えば、豊作であったなら農作物の分配や保存の問題が出てくる。投資が上手くいったなら、返済を繰り上げるべきかどうか検討する必要があるだろう。人集めがうまくいったなら、住居や農地の分配に追加の計画が必要になる」
「なるほど。うまく行ったらいったで、いろいろ起きるわけですね」
「そうだ。大失敗した場合も同様だ。様々な対処が必要になる。それらを予め洗い出して検討しておこう、という手法だ」
実際にはうちの領地だけで検討しても対応のしようがないことも多い。
教会や王国の上層部が活用すると効果の大きい手法であるから若手聖職者を通じて政策を上げて王国全土で実行できればと思うが、さすがに早いかもしれない。
「ですが、そのくらいのことは上に立つ者であれば考えていることでは?」
ロドルフが疑問を持ったように、その程度のことは上に立つものであれば考えている。
問題は、その最初に抱いた当然の疑問を、組織として継続して持ち続けることができるかどうかだ。
「実際に始めて見ると、いろいろあるものさ。そこは、経験してもらおうかな」
大きな買い物、例えば家を買うことを考えてみよう。
家を購入するのは、普通の家庭にとっては一大事業である。立地の選定、家族の希望、住宅ローンのシミュレーション、住宅会社との打ち合わせ等々を、暮らしと平行して行うのだから、仕事を2つ抱えるような負担がかかる。
即決で決定できればいいが、長期間に渡り住宅展示場巡りをしていると、だんだんと何を基準に家を選べばいいのかわからなくなってくる。
会社のような大組織が行う大規模プロジェクトでも、それは同様だ。プロジェクトが進むに連れて、想定していた事業環境が変化したり、キーパーソンが異動してしまったり、事業部の編成が変わるなど、プロジェクトが変質したり挫折したりするリスクは様々なところに存在する。
これらを避けるために、何を目的として、どうしたら成功なのか。想定されるリスクは何か。それが起きた時はどうするのか。そういった細々とした決め事を、シナリオとしてお話の形でまとめておくのである。
そうすることで、組織の意思を統一し、長期のプロジェクトを安定して継続できるようになる。
組織が混乱した時に、初心に戻れる原点がある、という文書化された方針の有り難さというのは、修羅場になればなるほど感じるものだ。
領地開発が始まれば、新人官吏達はそれを嫌でも思い知ることになるだろう。
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