第379話 どこからからどのように
浮足立ち、ざわめく新人官吏達に向かい呼びかける。
「さあ、議論を続けるぞ」
手を叩いて注目するよう促すと、今度は全員の視線がこちらを向いた。
心なしか、彼らの目に敬意というには、いささか強すぎる光を感じる。
やりやすくなることは歓迎するが、その種の宗教者を見る目は、やめて欲しいものだ。
こういう視線に晒されて気持ちよくなれるのがカリスマ経営者なのだろうが、俺にはどうにも向いていない。
「少し、退屈な話になるかもしれないが聞いてくれ。今回の領地開発では、各種の指標を図るだけでなく、他の領地開発でも使用できる普遍的な手法を開発したい、というのは説明した通りだ。手法開発にあたり、透明性と再現性を重視するのは、そのためだ」
全員が頷くのを確認して、続ける。
「しかし、それは手段の開発であって、この領地を任された責任の半分までしかない。残りの責任の半分は領地を具体的に富ませることだ。領地を豊かにし、領地の所有者と、そこで働く農民を同時に豊かにすることだ。自分が書いた報告書は、どこから開発することで豊かになれるか、という点には多くの記述を割いた。そして、冒険者がどのように貢献できるかについても、詳しく述べた」
俺は白墨を取り出すと、黒く塗られた壁に、"どこから"から"どのように"とカツカツと書き上げた。
「次の議論から求められるのは、優先順位付けの、その先だ。どのように開発すれば、より効率よく豊かになれるか。その具体的な手法確立が求められている」
「しかし、我々は農学者でも農民でもありませんが」
クラウディオから疑問がでる。
「そうだ。個々の具体的な手法の検討には、農学者も呼ぶ。農地の計測には測量士も呼ぶし、権利関係の裁定には巡回裁判士も呼ぶ。水車を建てるなら建築士も呼ぶことになる。だが、そういった専門家に解決方法をなげるための領土開発政策の全体像を、我々は立案しなければならない」
そこで、具体例が話せそうな新人官吏に質問をなげる。
「サラ、農地が不作になるのは、どんなときだ?」
「え?ええと、やっぱり天気が悪いときかな。あとは、怪物が襲ってきて農地を荒らしたとき。雨は、そこまで問題にならなかったかも。それと、賦役で人が足りない時期と、草取りの時期が重なっちゃうと酷いことになったかなあ。麦が伸びる時期に雑草とりを毎日しないと、ちゃんと伸びてくれないんだけど、あんまりそういうの考えてもらえないのよね。麦の病気が流行るときもあって、そんなときはその畑と周りの畑を全部、休ませるか別の種類の雑穀を蒔くの。でも、そうすると税を納めるのが大変になるし・・・」
「なるほど」
実体験を交えたサラの話には、説得力がある。
他の新人官吏達は、しきりに頷いて聞き入っている。
「とても興味深い話だと思います。ですが、今の話を聞く限り天気や病気は神の思し召しであって、我々ができることは少ないと思うのですが・・・」
パペリーノが、少し悔しそうに言う。
「そうだな。サラ、もう一つ教えてほしい。農民が困窮するのは、不作になるからか?」
「うーん・・・そういうときもあるし、そうじゃないときもあるかな」
「というと?」
少し言い淀んだ後に、サラが続ける。
「えっと・・・あんまり言いたくないんだけど、やっぱり子供を売る農家ってあるの。だけど、そういう家って突然不幸があって転落する、っていうよりも、だんだん、そうなるの。もともと持ってる農地が少なかったりとか、他所の村から働きに来てて、助けてくれる知り合いが少なかったりとか、そういう感じの農家っていうのがあって、やっぱり村の中でも立場が弱いのね。村の人達も余裕がないから、1回ぐらいなら助けてあげられるんだけど、2回とか3回とかになると、あんまり親切にしてあげられなくなるし・・・」
飢えや困窮は全員に平等に振りかからない。社会の中で最も弱い者達に集中して襲いかかる。
小さな農村でさえ、人々が暮らす以上、そのありようは一様ではない。
小さな農村にも立場が強いものと弱いものがおり、弱い者から犠牲になる、という構造がある、ということだ。
「教会の支援があるのでは?」
「1年ぐらいなら、それもあるけど。だけど、あんまりその家族だけ助けてると、やっぱり村の人達から文句が出るようになるの。他の家だって、家族が病気したりとかで困ることもあるし」
「そうですか・・・」
教会の蓄えは、村全体にとっての保険だ。その保険を特定家族だけが消費してしまっては、保険の意味がなくなってしまう。だから、ある程度のところで見切り、損切りをしているのだ。
農村の実情を理解した官吏達の表情は、暗く冴えなかった。
「もう一つ。農村にある隠し畑もなくす」
俺の言葉に、今度はサラが驚きに目を見張った。
明日も18:00に更新します




