第374話 官吏達のつとめ
「さて。今の話をまとめると、領地の管理方法について、収支、つまり金銭について指標を作るべきだということになる。徴税記録はあるが、本当の領地の収支を知ろうと思えば、いろいろな金銭に関わる資料を集めた上で、再度、計算するべきだ、ということだ。それが100の収入の50の負担に抑えられるよう努力していこう。ここまでの話は、理解できたか?」
先ほどの議論を要約し、新人官吏達に伝える。
全員の顔を見る限り、理解はできているようだ。
「この数値が掴めるようになれば、領地がどんな状態にあるか知ることができる。つまり、この領地からは実際にどれだけの収益があがり、どれだけの負担を領民に課しているのか、という本当の数値だ」
「そのためには、小麦などの価格を把握していることが必要になりますが」
リュックが確認してくる。各領地の穀物買取価格は、領主の懐具合と出入り商人の権益の強さによるところがあり、帳簿の数字を追っただけでは、その時の市場価格を確認できない。
「末端の小麦小売価格であれば、自分が抑えている。この街の過去4年分ぐらいだが」
「なんでですか!?」
俺の回答にリュックが驚いて大声をあげる。
「そういえば、小麦の価格も書いてあったわね、あれ」
一方で、俺が冒険者時代にボラれるのが嫌になって、市場の主要な物品について価格を記録し続けた冊子の存在について知っているサラの反応は冷めていた。
「そんなことしている冒険者なんて、聞いたことありません。それが本当なら、代官様は穀物買い付けの商人としてやっていけますよ」
「当時は、売買のコネがなかったからな。領地の収穫物を売るときには、せいぜい活用するさ」
リュックは褒めてくれるが、小麦のように嵩張る上に政治に直結する産品を、当時の俺のような冒険者が取り扱うのは不可能だった。今なら、収穫を買い叩かれないよう立ちまわる程度のことはできるだろう。
「だからまあ、過去の数値については把握できる。ただ、領地を経営しようと考えれば、もう一歩踏み込んで、今、何が起きているのかを短い期間で把握したい。麦の穂の粒を数えれば夏に収穫量の予測がつくかもしれないが、もっと早くわかる方法はないか。理想を言えば、1年を通して毎月、領地が上手くいっているかどうかを知りたい」
「それは・・・」
現在の領地管理の実態を知っている聖職者達は絶句した。
今の統治の仕組み上、役人が村に出向くのは徴税の時だけだ。
基本的には自治は村に任せ、と言っても良い。それを覆そうというのだ。
「村民たちは、抵抗するかもしれませんね」
パペリーノが嘆息する。
重税ではあっても自治を任されていた村に、近代の中央集権的な手法を持ち込もうと言うのだ。
公が時に治安以外のサービスを提供する、という概念のない農村は大いに戸惑うに違いない。
それだけに、新人官吏達の1人1人には、明快な論理と説明力を身につけることが求められている。
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