第366話 困惑と意義
領地を統治するために、どのような統治が適切であるか。
熱心に議論が進む中で、うまく議論に入っていけない人間がいた。
教会から派遣された、クラウディオとパペリーノの聖職者2人組である。
これまで、測れないと思われていた統治の状況を数字で測ることができる、という指標の考え方は、聖職者である2人に強い衝撃を与えた。
若手の優秀な聖職者とは、聖職者として優れていることを意味しない。
教会という巨大組織を運営する文官として優秀である、ということである。
勢い、彼らの受けてきた教育は法律を元にした統治論であり、それを補強する信仰教育や思想教育である。
実務としては教会に喜捨される膨大な資金の管理や政治的取引に基づく配分の差配と調整が主であった。
それは、より声の大きい者、力を持つ者がより多くの配分を受けられるという仕組みではあったが、組織運営の原理が権力の強さとイコールであるため、特に疑問を抱いたことはなかった。
ところが、ここに全く違った原理を持ち込んで統治しよう、という考え方が芽生えている。
この、煩くて小汚い工房の片隅で!
「ケ、ケンジさん!あなた、何を言っているか分かってるんですか!」
ついに黙っていることができなくなり、パペリーノは立ち上がった。
「パペリーノ、代官様って呼ばないと」
小さな声で周囲が注意するも、彼には届かない。
「皆、この議論のおかしさがわからないんですか?」
「何が?すごくわかりやすいけど?」
「ああ、なんか俺でも出来る気がしてきた」
懸命に訴えようとしても、聖職者として高度の文官教育を受けたクラウディオ以外には、そもそも普通と何が違うのか判らないのだ。
パペリーノは、もどかしさを覚えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「パペリーノ、議論だから異論を持つのは構わないさ。何がおかしいんだ?」
急に立ち上がったパペリーノに声をかける。
「こ、これではまるで、統治というより商いの取引のようではないですか!」
「ほう」
思わず感心の声が漏れる。
言葉こそ足りないが、パペリーノの直感は正しい。
いい疑問なので、議論を続ける。
「今の議論を聞いて、そう感じるとはいいセンスをしているな。どこで、そう思ったんだ?」
商取引に見えるというネガティブな言葉を上位者にぶつけて、叱責されるどころか褒められたことで、パペリーノは混乱したらしい。
「なっ・・・。その、ケンジさんは、ニコロ司祭様から幾つかの仕事の成果に対する報酬として代官を受けられたと聞きました。違いますか?」
「違わないな」
「で、ですから報酬分を税として取り立てる必要があるはずです。そのための計算をしているように聞こえるのです」
「バッ・・・やめろパペリーノ!」
パペリーノは逆上するあまり、間接的に、俺のことを金が目当てで代官を引き受けたんだろう、と侮辱した形になる。
周囲の人間が袖を強く引いて、懸命に止めようとしたが遅い。
「パペリーノ」
と、俺が声をかけると、厳しい処分を想像してのことか、全員が静まり返る。
教会からの出向とは言え、俺と彼は上司と部下の関係である。
その場で解雇する程度の人事権は持っている。
解雇されたとなれば、教会に戻っての出世は絶望的だろう。
だから、俺が激高することなく平坦な声で
「なかなか興味深い指摘だ。良い点を突いている」
と続けたのを聞いて、全員が困惑した表情でこちらを見た。
明日も18:00と22:00に更新します




