第342話 政治的パフォーマンス
結局、キリクの実家にスイベリーの義父まで伝手を辿って、貴族階級相手の礼儀や基本動作などを教えている人間に来てもらい、付け焼き刃ではあるが数日間の特訓をすることになった。
それと、招待を受けた側は何らかの土産を持っていかねばならない。
これについては、既存の枢機卿の靴をニコロ司祭向けに多少の装飾などを加える事で解決する。
「貴族様と付き合うと、お金かかりそうだね」
と、サラは礼儀の先生への謝礼の銀貨を詰めながら言ったものだ。
まったく、庶民には偉い人達の相手は荷が重い。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そうして準備すること1週間後、会社まで迎えに来た使者に従い、礼儀の先生に教えられた通りの服装でついていく。
流石に、いい年してタイツを履かされることはなかったが、何だかゾロゾロとした格好で恥ずかしい。
衣服というよりも、演劇で着る衣装という印象だ。
実際、偉い人に招かれた平民、という役を演じるという意味では衣装に違いない。
ちなみに、その衣装はスイベリーの義父に借りた。
そもそも1週間では衣装の仕立てが間に合わないし、費用も掛かり過ぎる。
「きっと一度では済みませんから、これから貴族様とお付き合いなさるなら、仕立てておくことをお勧めしますよ」
と、衣装の調整を担当した仕立屋は言ったのだが、断固として拒否した。
俺は別にエラいさんになりたいわけではないのだから。
それにしても、枢機卿様の靴を納入してからの、革通りを含め周辺の市民たちの視線の変化は大変なものがある。
今日も、使者に来た聖職者に従って行くと、市民達が遠巻きにこちらを眺めては、感嘆の声を漏らしているのが聞こえる。
「3等街区の市民に教会から正式な使者が立つなんて余程のことですからね。きっと目立ちますよ」
とスイベリーの義父は言っていたが、予想通り非常に目立っている。
あまり目立たぬよう、剣牙の兵団の事務所まで移動して、そこに使者を寄越してもらおうとも検討したのだが、先方から会社で待つように、との連絡もあって現在の状況になっている。
要するに、これもニコロ司祭の言う政治パフォーマンスの一部なのだ。
枢機卿傘下のニコロ司祭が、枢機卿の靴を製造する工房をどれだけ重要視し、自分の手駒と見ているか。
それを周囲に見せつけるための儀式として一連の招待が設計されており、招待状から招待に応じて街中を進む道中までが、その政治のためにある、ということなのだろう。
今更文句はないが、見世物になった気分だ。
そうして、ゆるゆると使者と共に大聖堂まで進み、今度は正門から入る。
これまで呼ばれた時は大聖堂脇の建物であり、大聖堂に靴を納入に来た時も、靴だけが搬入され、俺達は正門から入ることはなかった。
そうして広い通路を進んでいけば、周囲の聖職者達は使者が進むに従って脇に避け、頭を下げる。
それだけで枢機卿、ひいてはニコロ司祭の教会内での地位を推し量ることができようものだ。
これが、権力とか権勢というものか、と横目で下げられた頭を観察しながら奇妙に覚めた頭で考える。
所詮は借り物の権威なので、頭を下げられても嬉しくもなんとも無い。
大聖堂の飾り立てられた応接室に進み、両開きの重そうな扉を開けてもらうと、祝宴が開けそうな大きく天上の高い空間に大きな卓と金銀の燭台や食器に飾り立てられた宴席が用意されていた。
これは、金持ちの結婚式の席だな、と自分の乏しい体験から類推して思う。
もっとも、順番は逆で金持ちの結婚式の宴席が、こういった偉い人達の形式を輸入したのだとは思うが。
ただ結婚式と違うのは、俺が新郎ではないことであり、結婚式と同じなのは正面にニコロ司祭という相手がいて、場所が教会であることと、周囲に多くの聖職者が立っていることだ。
とはいえ、通常の結婚式で聖職者が10人以上も立ち会うことはないと思うが。
さて、ここからがニコロ司祭の政治的パフォーマンスの始まりだ。
脚本、演出、主演はニコロ司祭。
助演、俺。
せいぜいミスをして舞台から降ろされないようにしなければ。
その時は、胴体から頭が離れているだろうから。
多忙のため、来週の水曜日頃まで1日1回更新となります。
明日も18:00更新です。
 




