第294話 変な人
数日後、俺はアンヌに紹介された貴族の屋敷の前に立っていた。
護衛の同行は門の外までしか許されなかったので、サラと俺の2人で、アンヌに先導されて貴族の屋敷の敷地へと入っていく。
通常、庶民が貴族屋敷に訪問するにはいろいろと手続きがあるらしいが、そこはアンヌの地縁の力というべきなのか、咎め立てされることなく門内へと進んでいく。
アンヌは馬車溜りのある正面の大きな屋敷へと向かわず、道を脇にそれて小さな家、それでも庶民の屋敷よりは大きいが、に向かっていこうとしているようだ。
「あのお家、少し変な形してない?」
とサラが言うのでよくみると、確かに屋根や壁の形が変わっている気もする。
窓の鎧戸が不自然に大きく、枚数も多い。明かりを多く取ることを追求しているのだろうか。
また、1階はテラスが非常に大きく、ちょっとしたステージまでついている。
「あれはね、アトリエ、と言って絵や芸術のための家なのよ?」
とアンヌがサラに説明する。
「あとりえ・・・」
元農民のサラからすると、たかが絵を描くために専用の家がある、という発想に理解が追いつかないようだ。
「あなたは、おどろかないのね。つまんないわね」
気が付くと、アンヌが俺をじっと見つめており、面白くなさそうに言った。
「いや、驚いてるさ。立派なアトリエじゃないか」
慌てて調子を合わせたのだが、アンヌは
「そうじゃないんだけどね・・・。ま、いいわ。ついてきて」
と、疑惑の追求は後にして、とりあえず仕事を優先することにしてくれたようだった。
◇ ◇ ◇ ◇
入口らしき開放された扉の前で、俺達は立ち止まる。
ノックすべきドアもなければ、呼び出しのベルもない。
普通、貴族の家にいる執事やメイドの姿も見えない。
そうして戸惑っていると、
「男爵様、いらっしゃいますか。アンヌでございます」
アンヌが、俺が聞いたこともない猫を被った声で呼びかける。
すると、奥の方から
「ああ、アンヌか。ちょっと手が放せないので奥まで来てくれないか」
と応えがあった。
意外に若い声だ。30は超えている、という話だったが。
アンヌに先導されて奥の部屋まで進むと、ひどく天井が高く明るい部屋に出た。
2階部分の床がなく、そして2階の壁は鎧戸が開け放たれて光が入ってきている。
その空間の真中で、小さな箱を熱心に覗き込んでいる男。
それが、アンヌの言う変な人、こと、ベルトルド男爵のようだった。
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