第278話 スライムの依頼
スライム。
それは不定形の体を持ち、洞窟などの暗所に生息する怪物である。
それほど大きくなることはなく、体から取れる核を特殊な液体で処理すると、会社で製造している靴の衝撃吸収部品の中核部品になる。
もっとも、セリオ司祭がそのあたりの靴の技術情報に詳しいとは思えないので、実際に街の住人からの依頼が多いのだろう。
「スライムといいますと・・・」
と、俺が反応に困って問い返すと
「意外でしたか?」
とセリオ司祭は悪戯がうまくいった子供のような笑顔で説明してくれた。
「この街には、下水の側溝がありますよね。普段、そこで暮らしてるスライムたちはネズミやゴキブリなどの小動物や排泄物を食べてくれているので有りがたい生き物なのですが、ときどき、増えすぎて側溝が詰まるのですよ。
3等街区は、1等街区や2等街区と違って専門の掃除人がいるわけでもないですし、側溝も住人の数に比べて細いですからね、詰まりやすいのです。
そうなると、下水が溢れて、街の一角が下水臭くなりますし、病気も心配です。それで街の有志でスライムを駆除しよう、という話になるのですが、そこは弱くとも怪物です。必死の反撃を受けると、荒事に慣れていない街の住人たちですと、意外な怪我をすることも多いのです」
「なるほど・・・」
と、俺は感心して頷いていた。
この街で2等街区に出入りするようになり、石畳の整備具合などの視覚的な差に加えて、通りを歩いているとき、下水の匂いがしない、というのが印象的だった。
俺は、その差は下町だから下水管が老朽化して溢れているのだろう、と思っていたのだが、スライムが詰まってることもある、とは気づかなかった。
「私も数年間、この街で冒険者をしていたのですが、そういった依頼を受けたことはなかったですね。そうだ、サラは知ってたか?」
とサラを振り返って確かめると
「あたしも、弓が活かせる街の外の依頼が多かったから・・・」
との答えが返ってきた。
セリオ司祭は、俺たち知らないのも無理はない、と頷いた上で、自分が知ったきっかけを説明してくれた。
「実際、街の住人たちの1人が怪我で教会まで運ばれてきましてね。魔術治療をするまでもない程度の怪我だったのですが、傷跡に特徴があったので何故なのか聞いてみたのです。それで事情を知ったわけでして」
「それで、冒険者への依頼を勧めたのですか?」
「そうですね。この教会で冒険者に接している内に、何名かと顔見知りになりまして、彼らが言われているような乱暴な人達でないこともわかってきましたし。街の人達は費用面の心配をしていたのですが、確かスライムの核が小銭になる、というようなことを冒険者の方が話していたのを憶えていましたのでね。意外と依頼は安くつくのではないか、という話になったのです。おや、ケンジさん、どうかしましたか?」
「い、いえ何でもありません。大変、興味深いお話ですね」
俺は表情が不自然にならないよう懸命に制御して答えた。
その依頼を出したのは、間違いなくうちの会社だ。
最近は靴を大量生産するため、スライムの核を大量に購入している。
この世界では、工業製品を規格化するよりも、怪物の核を選別する方が規格化された部品が安価に、かつ大量に手に入りやすいからだ。
冒険者ギルドに大量発注し、規格にあったものは買い取って、合わないものは売却するか廃棄し、一部は試作品のために保存している。
スライム自体は、どれだけ大量に駆除しても、いつの間にか増えているので今のところ問題は起きていない。
だが、大量に買い付けた結果として、その買い取り単価の相場が、微妙にあがってきている。
それが、駆け出し冒険者であれば小遣い稼ぎになる程度の単価になってきており、街の住人にとってもスライム駆除を依頼できるだけの仕事のボリュームを生み出している。そういった全体像が見えてきた。
期せずして、靴の事業の拡大が、駆け出し冒険者への依頼を生み出していたわけだ。
なんとなくマッチポンプ的な印象を拭い去ることはできないが、街の住人の依頼を教会が仲立ちし、冒険者ギルドへ依頼する、という流れと事実は確認できた。
あとは、これを拡大するために何が必要なのか。
当初イメージしていた、教会に冒険者への依頼メニューを置くという形で実施できるのか。
俺は、様々なケースを脳内で検討し始めた。
明日も18:00と22:00に更新します




