第277話 小さな事実
セリオ司祭が冒険者に対し、教会として協力すべきである、という考え方であるのなら話は早い。
まずは自分の構想を打ち明けて、現時点での課題をもらうのが良い。
「実は、先日冒険者ギルドで目にしたことなのですが・・・」
と遠方から情報不足の村人が冒険者ギルドに依頼に来て、危うく行き倒れるところであった顛末を語った。
そして、その対策として冒険者への依頼の方法や金額を説明した資料を村の教会に設置する、という方策について、どう考えるかを聞いてみた。
「そうですね・・・なかなか良い考えとは思いますが」
少し考えこむ様子を見せた後で
「実は、この教会でも冒険者の方への依頼の仲立ちはしているのです」
と、意外なことを言った。
「まあ、そこまで大げさな話ではありません。ここは冒険者の教会、などと今では言われていますが、これまでの冒険者以外の信徒である街の方も大勢いらっしゃいます。そういった方々からすると、冒険者というのは恐ろしげな存在であると同時に、好奇心を刺激される存在でもるようなのですね。ですから、私にもいろいろと、説教のついでに話を聞かせて欲しい、という声もあったのです。私も街の方と冒険者の間にある垣根が低くなることについては賛成ですから、いくらか話をしていたのですね。そうすると、街の方から相談事を持ち込まれることも多くなりまして」
そのあたりの事情は、容易に想像できる。
街の普通の市民からすると、教会の司祭様、というのは最も身近な知的階級なのだ。
農村ほどではなくとも、自分たちでは知らないことも、司祭様なら知っている、司祭様なら解決できるに違いない、と様々な相談事が持ち込まれるだろうし、それを解決することもまた、街の教会の責務ではあるのだ。
「そういった相談事の中には、冒険者の方に依頼したほうがスムーズに処理できるものもありましてね、私が仲立ちする形で冒険者ギルドの方に依頼を出しているのです。どういった冒険者が信頼できるのか、ということも推薦できますからね。信徒の方からすると、安心できるようです」
それは、そうだろう。冒険者ギルドのように、暴力的で怪しげな場所に直接依頼に行くのは、街の普通の市民にとっては敷居が高いことに違いない。余程に切羽詰まった事情でなければ、依頼をしようなどと考えないだろう。
だが、普段から接している司祭様が推薦してくれる冒険者であれば、格段に依頼しやすいに違いない。
これは、機会だ。
冒険者の仕事への認知を改善し、依頼を増やす機会が、ここにある。
俺は興奮を抑えて、質問を続ける。
「どういった依頼を仲立ちされたのですか?もしよろしければ、参考にしたいのですが」
事業の計画が絵に描いた餅になるか、実際に実をつけることができるかの差は、願望を元に計画しているか、事実に基づいて計画しているかの差にある、と俺は考えている。
だから事業を計画するときは必ず現場を調査するし、事実を掴むことを優先度の第一においている。
その意味では、街の人間からの依頼を教会の司祭が冒険者ギルドに仲立ちする、という事実が、この教会で発生していることは、俺の思いつきが、思いつきを超えて事業化の可能性が著しく高まったことを意味する。
この興奮は、学者が自分の仮説が証明する事実を発見した時のものに近いかもしれない。
俺の心中の興奮をよそに、セリオ司祭は、ごく普通の声音で
「これまでで一番多い案件は、側溝のスライム駆除ですね」
と言った。
本日は22:00にも更新します




