第273話 体が2つ欲しい
冒険者ギルドからの帰り道、サラが顔をしかめて注意してきた。
「ケンジ、さっきは、すっごい悪い顔してたよ」
俺は頬から顎を撫で上げて憮然として答えた。
「そうかあ?」
「そうよ」
別に悪事を企んだり持ちかけたりしたわけではない。
単にウルバノと交渉する際に、開拓者の靴を優先的に回すように匂わせ、なおかつ冒険者ギルドへの依頼と利益が増えるであろう提案について、意見を言っただけである。
それをまあ、先方がどう勘違いしたのかは、俺の責任範囲ではない。
とりあえず、この街のギルドの実質的な責任者とは話をつけることができたのだから、サラからの多少の白眼視ぐらいは仕方ないのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
事務所に戻って、事務処理をしながら、この先のやり方についてサラと相談する。
何しろ、仕事が溜まっている。それらとの優先順位をつけながら処理をしていかないといけない。
サラも同じように手を動かしながら、話しかけてきた。手の動きに滞りはなく、それでいて注意もこちらに向いている。
個人的に思うのだが、手を動かしながら何かをする、というマルチタスク系の作業は、女性のほうが向いている気がする。
「それで、すぐに教会に行くの?」
サラの疑問については否定する。ウルバノと話した時の感触が良かったので冒険者ギルドとの調整は一気に進めることができたが、教会との折衝は即、計画がスタートする可能性があるので細部まで詰めた方がいい。
「いや、ミケリーノ助祭はウルバノと違って鋭いし細かいことも気にするからな。すぐにニコロ司祭まで話があがる可能性もある。こちらも精度の高い提案を持って行きたい。だから現地を調べてからだな」
「そうなの?なんていうか、思いつきのわりに、いろいろ考えてるのね?」
「思いつきとは酷いな」
サラの表現に俺は苦笑いで抗議した。
「違うの?」
「思いつき、というよりも気付きなのだけど・・・確かに違いを説明するのは難しいな」
思いつきには脈絡がなく、気付きには背景となる知識と論理がある、と個人的には思うのだが、振り回される周囲からすると、どちらも似たようなものかもしれない。
「まずは、農村の実態がわかる聖職者の話を聞きたいな」
「ミケリーノ様は・・・そうね。あの人は偉い人だからダメね」
サラも、以前ミケリーノ助祭をはじめ、3人の助祭を農村に引率して教育した珍道中のことを思い出したのだろう。サラにしては表現に容赦がない。
実際、ニコロ司祭傘下の若手は優秀なのだが、現場の実情に疎いところがある。
だから、こちらが提案を持って行く時は、その欠点を補完するものでなければならない。
そうしないと、現場を知らない者同士の上滑りした計画が通ってしまい、現場に膨大な迷惑をかけることになる。そして、この場合の現場の迷惑とは、冒険者の命や農民の暮らしだ。軽々に扱って良いものではない。
まず、農村に詳しい聖職者の話を聞く。次に農村からの依頼者の話を聞く。冒険者の話も聞く。
できれば農村の現場も見てきたい。
「そんな時間ないでしょ!」
とは、無慈悲なサラの言葉。
体が2つ欲しい。
本日は18:00も更新します




