第241話 行列
その日、3等街区の革通りは人々が詰めかけて、人いきれで窒息しそうなほどに混雑していた。
その人混みを掻き分けて、聖職者を先頭に、布で飾り付けをされ、厳重に包装された木箱を積んだ荷車が、武装をした屈強な男達に挟まれて通りを練り歩く。男達は、街の冒険者の中でも一流クランの剣牙の兵団の男達だ。
信仰心の厚い市民達は、その荷車に積まれたものに思わず祈りをささげ、好奇心の強い者達は興奮して囁き交わす。
なにせ、この街から枢機卿への献上品がでるのは80年以上、絶えてなかったことだ。
腕利きの職人の名誉は、その街の市民達の名誉でもある。
枢機卿に献上する品を囲む人々の列は途切れることなく、それは大聖堂まで繋がり続けている。
街に滞在する有力な聖職者の働きかけで、通常は開放されない時期である大聖堂が特別に開放されているからだ。
大声で騒ぐものこそ少ないが、市民達は、厳重に警護された献上品の行列を、神聖な儀式の一環として受け入れ、ゾロゾロと付き従って移動し続けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺は枢機卿の靴を積んだ荷車の横を歩き、笑顔を浮かべつつも緊張を隠せないでいた。
俺がミケリーノ助祭に提案したのは、納品それ自体を一種の儀式にしてしまうことだ。
そうすることで市民達の眼が集中するので密かに襲撃することは難しくなるし、襲撃犯は市民達の反感を買うリスクが高くなる。
市民達に紛れて襲撃することもできるかもしれないが、集団での行軍と隊形の維持が得意な剣牙の兵団の壁を突破することは難しいだろう。
それに聖職者に先頭に立ってもらうことで、襲撃は即ち教会への敵対となる。
相手が陰謀やら暗殺やらの暗い手段に訴えるのであれば、こちらは徹底的に明るい場所に立ち、人々に訴える力で戦うのがいい、ということだ。
何より、その方が俺やジルボアの性質に合っている。
周囲を取り巻く市民達のお陰か、行列はゆるゆると進みつつも、程なく大聖堂前の広場にたどり着いた。
大聖堂の入口には、珍しく派手な格好をしたニコロ司祭が、しかめ面で聖職者達を従えて待ち受けており、行列は俺達と聖職者を囲むように、自然と円を描くような形で儀式を見つめることとなった。
俺は枢機卿の靴の製造責任者として、ニコロ司祭に歩み寄り、その足元に跪く。
それに対し、ニコロ司祭は片手をあげて何やら祝福の言葉を唱えたようだ。
周囲を取り巻く人垣が、どおっ、と声をあげたので顔をあげると、荷車に積まれた靴箱が光り出している。
これが祝福を受けた証ということなのだろうか。
そうして荷車はニコロ司祭の脇の聖職者達に牽かれて大聖堂の奥へと消えて行き、納品の儀式は終了した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やれやれ、ようやく終わったか」
俺が事務所で腰を落ち着けて、サラに茶を淹れてもらって休んでいると、広報宣伝を担当しているアンヌが言った。
「ケンジ、あんたって、本当にバカね!これだけの騒ぎになって、タダで済むわけないでしょ!」
俺はアンヌの言っている意味がよくわからなくて、目を瞬いてアンヌを見つめた。
確かに只では済まないかもしれないが、枢機卿が開拓者の靴をお披露目するのは少し先のハズだから、座って茶を飲む余裕ぐらいあっていいじゃないか。
すると、アンヌは苛立ちで足を踏み鳴らした。
「ああもう!あんたがやったのはね、街中の市民達に、わが工房は枢機卿御用達です、って大声で宣伝して回ったのと同じなのよ!街中の人達が押し寄せて来るに決まってるじゃない!」
そう言われて事務所の隙間から工房の外を見てみれば、人々が工房の外を取り巻いているのが見える。
あれは単に、行列の興奮が冷めやらない人達が、騒ぎの余韻に浸っているだけだと思っていたのだが。
「・・・あの大勢の人達、ひょっとしてお客さんなのか?」
「そうよ!だから、さっさと何かうつ手を考えなさい!」
そう言って、アンヌは俺の尻を強く叩いた。
本日は22:00にも更新します




