第239話 副産物
翌朝、俺とサラは大きく伸びをして、数日ぶりの新鮮な外気を吸い込み、日光を浴びつつ、昨夜のジルボアとのやり取りを思い出していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「溶けた・・か。何というか、気持ちの悪い話だな」
俺がジルボアの話に顔をしかめて同意すると、ジルボアは続けた。
「まあ、証拠を残したくなかったのだろうがな。覚悟の自決だったのか、捕縛されたことが判明したら自動的に発動する魔術だったのか。本当に奴が件の魔術師だったのか、それとも単に魔術で操られた傀儡だったのか。そのあたりのことは、魔術師ギルドの専門調査の仕事だな」
俺はジルボアに疑問をぶつけた。
「さっき、終わった、と言ったが魔術師は1人とは限らないだろ?他にもいる可能性はないのか?」
ジルボアの答えは
「お前は、私より大物なのか?」
というものだった。
ジルボアでさえ、魔術師の暗殺者に狙われたことは大貴族の恨みを買った1度しかない。
しかも、撃退した後には狙われていない。
それなのに、自分が複数の魔術師に襲われると怖れているのは自意識が過剰ではないのか、ということだ。
俺が少し恥じ入って赤くなっていると、ジルボアは悪戯が成功した子供のような顔で、大声で笑ってから続けた。
「貴族に仕えている魔術師っていうのは高価でな。そうそう使い潰せる人材じゃない。それに、魔術師というのは臆病な連中だ。一度、撃退されたら滅多なことでは二度と近付いてこない。お披露目ぐらいまでなら、もう魔術師に襲われることはないだろうさ。まあ、警戒を続けるに越したことはないが、穴倉生活は終わりでいいんじゃないか」
そうジルボアに保証されて、ようやく肩の荷が下りた心地がした。
「それにしても、魔術師とやり合うってのは、どうもスッキリしないな」
と、言うと
「そうだな。どんな魔術を使われたのかも、わからない。剣で斬ったからと言って、死んだのかもわからない。死体が残っても、本人なのか傀儡なのかもわからない。死体にしても、自決したのか消されたのかもわからない。遺品もろくに残らないから、そこにいたのかどうかもわからないしな」
ジルボアが今回の顛末を例に数えあげてみせる。
わからない、こと尽くしだ。
それが魔術師の力なのかもしれないが。
俺は、あることに気がついてジルボアに確認する。
「遺品と言えば、残った衣装はどうしたんだ?」
死体が溶けたとしても、衣類は残ったはずだ。
だが、ジルボアの答えは
「その場で焼いたよ。どんな呪いがかかっているのか、知れたものじゃないしな」
というものだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
こうして魔術師の脅威は去ったが、冒険者ギルドに依頼した捜索は、思わぬ副産物をもたらした。
魔術師以外の、会社を狙っていた連中がダース単位で捕縛されたのだ。
どこかの大商人の手先から、開拓者の靴が高額なものと聞いて盗もうと企んだこそ泥まで、まるで肉にたかる羽虫のように、怪しげな連中は、あとからあとから湧いてきた。
想定外の出費となったが、捕まえた連中の格に応じて適切な謝礼を払っておいた。
「会社の警備計画を根本から練り直した方がいいぜ、ケンジ」
というのが、警備を担当してるキリクの言葉だった。
「まあ、事業がそれだけ注目を浴びてるってことさ。有名税だな」
と俺は肩をすくめて答えるしかない。
枢機卿のお披露目前からこれだ。お披露目が済んだらどんなことになるか。
今から、空恐ろしい心地がする。
そうして俺とキリクが警備計画を練り直している間にも、ゴルゴゴを中心に作業は進み、枢機卿向けの靴は、続々と出来上がりつつあった。
本日は22:00にも更新します
 




