第235話 見えない手
その日も、剣牙の兵団まで警備の相談に行った後、会社に戻る途中の2等街区と3等街区を結ぶ人通りの多い道で、俺は、ふと足を止めた。
隣を歩いていたサラが、俺の顔を覗き込んで尋ねる。
「どうしたの?」
そう聞かれたので、俺は答えた。
「ちょっと用事を思い出したんでね、少し寄って行くよ」
「ふうん。どこに行くの?」
「ああ、ちょっとそこまでだから、大丈夫だよ」
俺が答えると、サラが少し離れた位置で護衛をしているキリクに声をかける。
「ちょっと待ってね。キリク!ケンジが出かけるから準備して!」
サラの奴、何だか大袈裟だな。俺があまりに心配させ過ぎたからだろうか?
ちょっとそこまで行くだけなのに。
「いや、ちょっとそこまでだから、1人で大丈夫だよ」
そう言って、たしなめたのだが、サラは納得しない。
「だって、1人で出かけたら危ないでしょ?自分でも、1人で行動したら絶対にダメって言ってたじゃない」
サラが、今日は妙に頑固だ。心配することなど、ないというのに。
「そうだっけ?まあ、だけど大丈夫だよ」
俺は辛抱強くサラをなだめた。
だが、それでもサラは考えを変えずに、俺を問い詰める。
「なにが大丈夫なの?どこに行くつもりのなの?」
「いや、だからその・・・」
と説明しかけて、俺は自分でどこに行こうとしていたのか、わからないことに気がついた。
「ええと・・・」
なんだ、これ。なにが起きている?
俺は、何をしようとしていたんだ?
俺の様子が妙なことに気がついたのか、サラが護衛のキリクを呼んだ。
「キリク!警戒して!ケンジ、事務所に戻るわよ。走れる?」
「あ、ああ。問題ない」
昼日中の街中で、人通りも多いのだが、キリクとサラは剣を抜いて、俺を挟むようにして小走りに走り出した。
会社までの道のりは、ほんの数分だったのかもしれないが、半時間は走り通しだったように、俺は汗だくになって会社の事務所に駆け込んだ。
「全員、警戒して!魔術師よ!」
サラが、叫んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから、会社は大騒ぎになった。
全ての窓と出入口を閉じ、職人達は事務所と工房の中を棒で叩いて回った。
剣牙の兵団から来た護衛達は、交代要員も起き出して、2人が外で、2人が中で警備をしている。
俺はドアが閉じられた事務所の奥で椅子に座らされて、サラとキリクから尋問された。
「それで、何があったの?」
そう聞かれても、答えようがない。
「いや、俺にも何がなんだか。別に何もなかった、としか思えないんだ」
「だけど、あなた変だったわよ?」
サラは追及するが、俺も言葉にしようがない。
「そう言われると、そうなんだが・・・」
キリクは珍しく肩を落としていた。
「俺の責任だ。おそらく人混みの中で魔術を使われたんだ。それに気がつかなかった」
確かに護衛としての責任を言えば、そうだろう。
もし使われた魔術が致死性のものであれば、俺は今頃死んでいた。
だから、単純に慰めることはできない。
「まあな。だが、俺も甘かった。まさか、昼日中に堂々と襲撃してくるとは・・・」
思っていたよりも相手は本気で、仕掛けも早かった。そういうことだ。
「それにしても、その、魔術師は何をするつもりだったのかしら?」
サラが疑問を投げかける。
「とにかく、俺を動かして1人になる状況を作りたかったんだろう。俺を1人にしてしまえば、殺すなり、誘拐するなり生殺与奪も思いのままだと思ったんじゃないか。死体も出ないし、証拠は残らない。逆に、俺が自分でいなくなった、という証拠は残る。誘拐された、と主張しても相手にされないだろう。うまく考えたものさ」
俺は、どことなく他人事のような気持ちで、推量してみせた。
ついさっき、誘拐され死にそうになったのだが、まるで実感が湧かないせいか、恐怖はなかった。
「だって・・・死ぬところだったのよ!それも、どこに消えたのかもわからないように!許せない!」
サラは唇を噛んで、青い顔で震えていた。
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