第225話 魔術の使い手
とりあえずミケリーノ助祭に連絡をとり、情報へのお礼と工房への嫌がらせについて報告したのだが
「難しいでしょうね」
というのが、彼の意見だった。
何しろ、会社は立場は弱い。実績ゼロのポッと出の我々と、伝統ある大貴族の元で代々技術を磨いてきた歴史ある工房の言うことのどちらを信じるのか、という一点を取っても、まともに意見を取り上げられるとは思えない。
靴サイズの長さの違いなど、せいぜい1cmというところだし、素人が見てすぐわかるものでもない。
測り間違いだろう、と言われるのがせいぜいであるし、ニコロ司祭の権力を持って捻じ込んだとしても、いいところ連絡のミス、担当者のミス、で誰だかも知らない人間の尻尾切りが行われて有耶無耶にされるだけのこと。
その追及にエネルギーを費やすぐらいなら、靴の製造に全力を挙げる方が建設的というものだろう。
なにしろ組織的に人員が不足しているので、組織を守りつつ相手を攻撃するだけの人的余裕がないのだ。
それに、件の工房は別の街にあるので剣牙の兵団を以ってしても、直接の手が届かない。
「まずはニコロ司祭に伝えておきますが、あまり効果は期待しないでください。それよりもケンジさん、護衛の数は増やしておいてくださいよ。相手方が本当に妨害工作に出てくるとしたら、今の体制では不足だと思います。剣牙の兵団の団長さんに、そのあたりを相談した方が良いでしょう」
と、逆に物騒な忠告を貰った。
「そこまでの話になっていますか」
どうしても具体的な危機の実感がわかない。小市民の俺がイメージできる社会階層の遥か上の話だからだろうか。
目の前に敵がいる、というよりも雲の上から雷が落ちてきているような、そういう災害的な感じがする。
「ええ。ああ見えて、ニコロ司祭も政敵が多いですからね。ニコロ司祭にとっても、枢機卿に開拓者の靴を履くよう意見するのは、かなり無理筋の話なのです。成功すれば、利権も業績も比類ないことですが、それだけに政敵は失敗を狙って様々な策を弄しています。今回の靴への嫌がらせなど、些細なことですよ」
ああ見えて敵が多い、とは随分と控えめな表現だが、俺達がこうして話している間にも、雲の上では雲上人達が政治生命を賭けて激烈な闘争を繰り広げているのだろう。
そして、そこから漏れ出た雷がたまに地上に落ちてきて、地上を這い回る俺達を焼き尽くそうとするのだ。
「ぞっとしない話ですね」
俺としては肩をすくませて答える以外はない。
だが、俺の傍らに立つサラとキリクの表情は違った。
厳しい顔をして、短剣や長剣の柄を確かめて、周囲を見回している。
「とにかく、お披露目までは、どれだけの用心をしてもし足りない、ということです。大貴族が抱える荒事専門の連中には、高度な魔術の使い手がいる、という話を聞いたこともあります。くれぐれも気をつけてください」
魔術の使い手。
その言葉には、今までの剣を振り回すだけの荒事連中とは一味違う、陰惨な響きがあった。
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