第220話 大きな欲
説明会を、どのようなものとして設計するか。
当然、商売の話ではない。ニコロ司祭の派閥に関する政治の話であろう。
どちらかと言うと苦手分野だ。
なので、まずは正直に伝えることにした。
「商売として考えるのならば、説明会が目指すところは2つです。1つ目は、商品が如何に革新的なものであるか宣伝する。2つ目は、商品をその場で販売する。開拓者の靴が入った箱を積み上げて、希望する方に銀貨と引き換えに全てを売ってしまいたいところです」
そう出来得る限り都合の良い希望を伝えたのだが
「そのようなことは許可できぬ」
と、一言で切って捨てられてしまった。
「政治的には、枢機卿様の派閥の強さを見せつける機会とすべきでしょうか?」
そう投げかけるとニコロ司祭は無言で頷き、先を続けるよう促した。
この方向で合っているらしい。
「できうる限り高位の方に開拓者の靴を履いた上で登壇をお願いし、今後のこの靴は教会が主導する開拓事業に欠かせないものである、また、印については教会の専門の部門で厳重に管理するものとする、ということを言っていただければ、この街における枢機卿様の派閥の勝利は確定したようなものでしょう」
ニコロ司祭が黙ったままなので、さらに続ける。
「なぜなら、開拓事業も教会の印も、一過性の政治的運動ではなく、今後とも富を継続的に生む事業となるからです。枢機卿様の派閥に賛同する司祭達は利益を得て勢力を伸ばし、反対して離れて行くものは勢力を失うでしょう。水が湧き出る泉に近付くものは繁栄し、離れるものは乾いて衰退するのが世の倣いというものです」
ニコロ司祭が、皮肉げに呟く。
「世の倣い、か」
「私は聖職者ではありませんので」
俺がそう答えると、ニコロ司祭は愉快そうに笑った。
「そこに信仰は関係ないのだな。だが、まあ良かろう。その線でいくとしよう。何か欲しいものはあるか?」
「私は冒険者のため、農村の農民のため、広く開拓者に靴を行き渡らせたいのです。それを推し進める方を推すのは当然のことです」
俺がそう言って辞退すると、ニコロ司祭はうろん気に俺を見詰めた。
「ふむ。ケンジよ、お前は聖職者でもないのに欲の少ないことだな」
そう言われるのは不本意なので反駁する。
「ニコロ様、私も欲はありますよ。冒険者としての、大きな欲が」
「ほう?それは初めて聞くな。お前の大きな欲とは何だ?」
ニコロ司祭の関心を引いたようなので、この際、自分が何を思っているのかを、しっかりと伝える。
「私の欲は、全ての駆け出しの冒険者が守護の靴を履き、全ての貧しい農民が開拓者の靴を履いて、黒い森を切り拓き、完全に怪物が駆逐された地平線一杯まで広がる安全な小麦畑を拓くことです。そこで私は、富裕で安楽な農民として、また引退した冒険者として、子供達とノンビリと暮らすのです。そうして毎日、家畜からとれた肉を食べ、白いパンを焼いて暮らすのが、私の欲ですね」
ニコロ司祭はしばらく目を閉じて情景を想像するように黙っていたが、やがて、ポツリと言った。
「それは、大きな欲だ」
「ええ、大きな欲のために精一杯、協力させていただきますよ」
俺はニコロ司祭と目を合わせて、大きく頷いた。
明日も12:00と18:00に更新します




