第213話 誰が泥を被るのか
「さて、教会の印の管理でも、似たことをしなければならないわけですが」
そう切出してから、俺はミケリーノ助祭を見据えて質問する。
「教会で、同じことはできますか?」
「無理ですね」
即答だった。
「教会がそのような暴力的なことをしたと評判が広まれば、私が査問にかけられてしまいますよ。正確には、ニコロ様の評判を落とそうという政敵が評判を広めることになるのでしょうけれど」
「なるほど。暴力沙汰は厳禁ですね」
それは、ある程度は想定していたことだ。教会の力は暴力ではない。生活に根差した権威だ。都市や農村に遍く存在し、赤ん坊が生まれれば生誕名簿に登録し、病気や怪我をすれば相談に乗ってくれて、結婚をする時には祝福をしてくれる。そして親族が亡くなれば葬ってくれる。
誕生から墓場までを司る、共同体の機能であり、重要な社交場なのである。
暴力を使う必要などないし、機能もない。
「だけどよう、教会だって騎士団持ってんだろお?団長と一緒に戦場で見たことあるぞ?」
と疑問を呈したのはキリクだった。
剣牙の兵団は戦時には傭兵団として働くこともあるから、教会の騎士団とやらに接したこともあるのだろう。
「まあ、装備はいいが、てんでなってない連中って感じはしたけどよお」
というのが、キリクの印象らしい。
「あの方達は、何というか我々のような生え抜きの聖職者とは少し違うのですよ」
とミケリーノ助祭は説明してくれた。
それによると、所謂、教会の騎士団と呼ばれる者達には教会直属の聖職騎士団と、貴族からの出向組とでもいうべき教会系騎士団がいるらしい。
傭兵がでるような戦場で会うのは後者の教会系騎士団だということだ。
「まあ、貴族家の次男、三男の方達の集まりですが、箔をつけるために喜捨をいただく貴族家からお預かりしているのです」
と、ミケリーノ助祭はまとめた。
「つまり、世間知らずの坊ちゃんってことね。なかなか有望じゃない」
とはアンヌの評価だ。一体、何が有望なのだろう。有望な金づる、ということだろうか。
たしかに、そんな連中が100人集まったところで、平時から強力な怪物達を相手に実戦を積み重ねている剣牙の兵団からすると、てんでなってない、という評価になるだろう。
もし剣牙の兵団と戦場で対峙したとすると、弩の一斉射で総崩れになるに違いない。
剣牙の兵団の連中の弩は、強力な怪物と対峙するために特別に強力に作られているし、鏃も特別な仕掛けがしてある。見てくれがキラキラしているだけの盾や鎧では、衝撃を逃がすことすらできずに串刺しになる未来しか見えない。
重要なことは、そんな連中に教会の印の管理に関わる下働きをさせることは身分的にも能力的にも無理だ、ということだ。
ある仕組みが実行力を持つかどうかは、最終的に、現場の末端で誰がどのように汚れ仕事を引き受けるのか、その責任が明確になっているか、で決まる。
今の体制では、その末端に実行力を持たせるための汚れ役がいない。
「私は教会の直轄地での仕組みに詳しくないのですが、農村でも教会の決定に違反する人はでますよね?教会は、どうやってそういった人達を取り締まっているんですか?」
俺がミケリーノ助祭に尋ねると、
「街や村の代表者にお願いしているんですよ」
という回答だった。
つまり教会は権威と規則を担当し、行政の実行は街や村落の自治組織に任せているわけか。
領内のことなら領主の定めた法に任せ、貴族間の婚姻など領地をまたがる事柄には教会が婚姻法を裁定して取り扱うわけだ。まあ、それでは収まらず領地紛争という名の戦争になることが、ままあるわけだが、それを適当な時期に仲裁して、仲裁料をせしめるのも教会の役目だ。
教会に直接暴力の機能がなく、印の管理部門による実務が難しい以上、実働部隊は外に設けるしかない。
なにしろ、実働部隊は嫌われ者になる。
元の世界で音楽の著作権を管理する団体が、音楽業界の外にあった理由が理解できてしまう。
ゆくゆくは、俺達もそういった組織を立ち上げるべきなのかもしれないが、内製化するには、まだ早い。
教会の下働きができて、暴力を振るうことに免疫がある外注先はないか。
「冒険者に依頼を出すか・・・」
俺の思い付きに、サラが少し嫌な顔をする。
だが、街の外で怪物に殺されるより、随分とマシな依頼じゃないか。
少なくとも、命の危険はないのだから。
明日も18:00と22:00に更新します




