第206話 約束と制限
教会の印について、説明する前に、まずミケリーノ助祭に確かめる。
「ミケリーノ様は、法学について学識を積んでいらっしゃいますか」
ミケリーノ助祭は、目を瞬かせて答えた。
「法学?ええ、教会の領地運営に必要なので世俗法についても一通り知ってはいます。もっとも、専門の人ほどではありませんが。そうですね、あとは婚姻法や財産法についてもある程度は修めています」
教会は婚姻と葬送を取り扱っているのだから、それに関する法律を修めるのは出世競争の先頭を走る助祭にとっては当然の嗜みであるようだ。
婚姻と葬送は、どちらも個人だけでなく一族の財産分与に深く関係する事柄なので揉め事が起こりやすい。法律による裁定が不可欠な分野であろう。
もっとも、法が公平に適用されるのは一定以上の財産と権力を持つ階級にとっての話で、下層市民である冒険者にとっては関係のない話ではある。
なので、一介の冒険者風情である俺が法律の話を切り出したことを、ミケリーノ助祭は不思議に思ったらしい。まあ、それは今更の話であるが。
法学の基礎があるのであれば、今後の説明がしやすい。
ミケリーノ助祭の表情に浮かぶ疑念には構わず、議論を続ける。
「法律の執行の肝となる要素はなんでしょうか?」
俺が投げかけた漠然とした問いに、ミケリーノ助祭はしばらく考えてから口を開いた。
「そうですね・・・いろいろな説はありますが、私は規則と罰則だと考えています。法律という規則があり、破れば罰則がある。それが法の執行ということだと思います。現実には、なかなか難しいことですが。いかがでしょう?」
「異論はありません」
俺は深く頷いた。
ミケリーノ助祭は問う。
「それが、今回の教会の印を運用する部門に、何か関係があるのですか?」
俺はミケリーノ助祭の問いに答えた。
「大いにあります。私は教会の印を管理する部門を運用するには、法律を執行する考え方を適用するのが良いと考えています。規則と罰則、というほど厳格には運用できませんから、いわば、約束と制限、と呼ぶべきでしょうか?」
「約束と制限」
とミケリーノ助祭は繰り返した。
このあたり、少しややこしい話なので短めにきります。
本日は18:00にも更新します




