第202話 住居と食事
一応、予備交渉としてゴルゴゴに確かめてもらったところ、両隣とも土地を売っても良い、との返事だったそうだ。
ただし、街中で居住地を失っては困る、とのこと。
「まあ、住処がなくなるのは困るってのは、そうでしょうなあ。自分が言えた義理じゃないですが、職人ってのは世事に疎いもんで。そのあたりの不安がなければ売ってもいい、とは言ってるんですがね」
このあたりの工房は職住が近接しているので、確かに対策が必要だろう。
金は払うのだから、あとはその金で何とかしろ、というやり方はしたくない。
なんというか、地上げ屋の成金っぽいので。
少し打算的なことを言えば、ここできちんと面倒を見ておけば、もう少し土地が必要になった時に、別の工房主も安心して売ってくれることだろう。同じ革通りの住人なのだから、取引関係や人間関係も強く結びついている。その中で好き勝手に振る舞って良いことは何もない。
土地を売却した工房主の住所が問題になる理由は、もう一つある。
この街に生誕名簿があり市民権を持っている住人は、住所と市民権がセットになっているので、単純に土地を売却してしまうと、元の住人は制度上は無宿人となってしまうのだ。
そうならないよう、慣習として買取側の人間は売却する人間のために元の土地に住み続けることを許可するか、売却側が新しい住居を用意する必要がある。
ただ、すぐにというわけではない。
こちらも新工場の設計図を引かなければならないし、その過程で住居をどうするか決めていくことになる。
今までは、この街に生活基盤を持っている人間を雇用していたので、通いの職人が多く、ある意味で彼らの私生活については関与してこなかったわけだが、今後は工場勤務のために農村から来て、この街に生活基盤のない人
間を雇用することも増えて来ることだろう。
そうなると、住居なども会社で面倒を見る必要がでてくるのかもしれない。
「そのうち社食まで必要になりかねないな・・・」
と思わずもらすと、サラが食いついてきた。
「社食って何?」
「まあ、工房の賄い飯みたいなもんだ」
「ああ、そうね!なんか儲かってる工房だと、賄いにパンが出て来るって聞いた!」
俺は長く冒険者暮らしをしていたので、宿屋での飯と保存食ぐらいしか食べてこなかったのだが、街の住人は冒険者と異なる、彼らの生活習慣に従って食事をしている。
こちらの世界の労働時間は、太陽が昇ってから沈むまでのなので朝早く、夜は早い。
昼飯を食う習慣は少なく、夜の飯は冷たいことが多い。
これは薪代を節約するためと、街中の火災を防ぐために、夜、日が沈んでから一般の家庭で火を使った料理をすることは禁じられているからだ。
だから、朝は温かいものを食べ、夕食分も一緒に調理してしまうことが多い。そうすることで薪が節約できる。
夜、温かいものが食べたければ、日が沈んだ後も火を使った調理をすることが許可されている酒場や料理店に足を運ぶのだ。
ところが、革通りは少し事情が異なっている。
革の加工には、様々な薬品や膠の匂いが漂ってくるので、飲食店は近くにはない。
昼間、客が入らないので採算が良くないからだ。
では革通りの人間達は食事をどうしているのか。
料理をするためには薪などの熱源が必要であるが、彼らは仕事柄、熱源が職場に豊富にある。
なので彼らは堂々と職場に鉄鍋を持ち込み、夕食も温かい飯を食っている。
これは俺が革通りに住居を構えて嬉しいと思った数少ない点の一つだ。
「せっかく温かい食事を夜も摂れるのだから、職人の人達にも夕食は温かいものを持たせてあげたいわよね」
「そうだな」
夜には帰宅する会社の職人達は、年齢的には若手なので、基本的には実家の部屋住みである。
彼らは帰宅して家族と食事をするのだろうが、冷たい麦粥を啜っているのかと思うと、少し罪悪感がある。
まあ給金はそこそこ払っているので、温かいものが食べたければ酒場に行っているのだろうが、将来的に雇う予定の、農村から出てきたばかりの者達は酒場に行くだけの余裕はあるまい。
「本格的に、社食が必要になりそうだな」
そう呟いたところ、
「社食って、美味しそうよね!」
と、サラは同意した。
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