第197話 教会の仕事
街間商人による流通が正常化されたことで、俺の手元には多くの資金が残るようになった。
この資金は守護の靴の需要が下落し、価格が落ち着くことで減少するだろうが、それはまだ先のことであるし、俺としては価格を落ち着かせたいのだ。
大事なことは、守護の靴製造者として、一定のペースで大量の靴を製造し続けて、冒険者に提供し続けること。
安定的に長期間供給してこそ、顧客も安心できるし、流通を担う街間商人も長期的な視野に立って事業を支えてくれる。
信頼関係は、一方が要求するだけでは成り立たない。こちらも流通を担う街間商人との間に実績を積み上げて、信頼関係を築かなければならない。
会社が積むべきの実績とは、優れた製品を継続的に供給し続けることである。
そうすることで段々と1足あたりの利益は下がって来るかもしれないが、そこは街間商人の方で合従連衡を繰り返して、事業規模を拡大することを期待している。
規模の利益、スケールメリットを追う事業者が出てくることを期待しているのだ。
こちらが提供する靴という事業環境が安定してさえいれば、必ず大きな流通商人が生まれる筈だ。
そうして流通業を冒険的な博打商売から、安定的な仕事に変えてもらいたい。
道のりは長いが、そうして流通業を支え、育成していかなければ長期的には会社も困ることになる。
街間商人達にも、商売は、誰かが得をすると誰かが損をするゼロ・サムゲームではなく、お互いに協力することで得られる利益が大きくなるウィン・ウィンゲームであることを理解してほしいのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
街間商人の流通問題が一段落ついたので、教会向けの事業計画に戻る。
開拓事業者向けの靴の試作品は完成し、事業の収益が劇的に増えたので事業計画は随分と楽になった。
とは言え、開拓事業者向けの靴事業単体で初期から利益を出せるに越したことはない。
ニコロ司祭は枢機卿について別の街に移動してしまったので、直接話すことができるのは数カ月は先になる。
伯爵とはまた別の貴族に資金を融通するため精力的に活動しているのだろう。
枢機卿のように高位の聖職者には高い信用がある。高い信用があると、低い利率で資金を調達することができる。そうして低利で調達した資金を、信頼度が自分より劣る貴族の開拓事業者に貸し出す。そうすることで、枢機卿は利ザヤを稼ぐことができ、貴族は自分で調達するよりも低利で資金を調達することができ、事業に必要な莫大な資金の利率負担を軽くできる。
仮に、貴族が融資を返せなくなったとしても問題はない。教会のように強大な組織であれば、取り立てに必要な権力に不自由はないし、取り立てる対象として貴族の財産ならば不足はないからだ。
農作物の徴税権、港湾施設の利用権、市民からの人頭税など、貴族の金になる特権を買い取ってしまえば良い。
ただ、教会が借金を直接取り立てると権威に傷がつくので、それを取り立てるのにも、現金化するのにも大商人の協力者がいる。だが、その大商人のオーナーには大貴族や教会が控えている。
世界は変わっても、大資本と権力を握る者が得をするように出来ている。
ニコロ司祭は、その世界で枢機卿の懐刀として、教会の資金を稼ぐために活躍し続けているわけだ。
その切れ者を納得させるだけの事業計画を出さなければならないと考えると、胃が痛くなる。
幸い、ニコロ司祭は不在だがミケリーノ助祭は、この街に残っているらしい。
俺は靴の試作品と荒めの事業計画を携えて、1等街区の大聖堂に付随した生活棟に滞在するミケリーノ助祭を訪ねることにした。
ニコロ司祭への本番のプレゼンテーション前に、ミケリーノ助祭の所感を探りたいからだ。
ちなみに、今回はアンヌは付いてくるとは言わなかった。
前回の訪問で枢機卿に会えなかったのが、よほどに気に入らなかったらしい。
明日は所用のため22:00更新は難しいかもしれません。
18:00は更新します。




