第191話 動機
呼び出されたグールジンは、最初は事情がわからぬ様子であったが、ジルボアから話を聞くにつれて頭に血が上ったのか、顔が赤くなってきた。
「それで、そいつらの身体は、まだおさえてんのか」
「ああ。事務所の奥に、そういう部屋があるんでな。そこに縛って転がしてある」
「ちっ!顔を拝ませてもらうぜ!」
そう言い捨てて奥に向かおうとするグールジンを、ジルボアは右腕を上げて止めた。
ジルボアの合図を受けて、団員達がグールジンの前に立ち塞がる。
剣こそ抜かないものの、軽い鎧を来た団員達が緩やかに周囲に立って包囲する形を作る。
「・・・なんのつもりだ」
グールジンの様子に一向にかまうことなく、ジルボアは平素と変わらぬ声音で告げた。
「グールジンよ、私は今回の件について、お前が関与していてもおかしくないと思っている。お人好しのケンジは疑っていないようだがね」
「なにぃ!」
グールジンは激昂したが、剣牙の兵団の事務所で周囲に武装した団員が大勢いるなかで団長に殴りかかるほど、理性を失ってはいなかったようで、振り上げかけた拳をしぶしぶ下した。
「・・・で、どういう意味だ?」
「言葉の通りだよ、グールジン。今回の襲撃で、最も強い動機を持っているのがお前だ。守護の靴で随分と利益を出しているそうだね。だが、ケンジが靴の生産量を増やし続けると利益は下がる。だから、増やしてほしくない。もしケンジの身柄を攫い、靴の製造の秘密を抑えられれば利益は天井知らずだ。そうじゃないか?」
そう問い詰められて、グールジンは己れの立場の危うさを悟ったらしい。
身一つで乗り込んできた自分の浅はかさを後悔するように、周りを囲む団員達を見まわし、弁解を始めた。
「ま、待て待て!たしかに、ケンジの野郎の方針には反対だ。だが、こいつは言ってみれば金の卵を産む鵞鳥みてえなもんだ。絞め殺しちまったら、金にはならねえ。そうだろ?卵を産みすぎて、それが銀になるかもしれねえが、それでも銀だ。こっちが卵を受け止める籠を大きくすりゃあいい。それくらいの分別はついてるさ、なあ、ケンジからも言ってくれよ!」
ぱっと見たところでは、哀れになるくらい取り乱している様に見える。
だが、その目には油断のない光があり、この重囲から抜け出す隙を探すように身体の向きを変え、素早く眼球を動かしている。
実際、証拠など必要ないのだ。最近の剣牙の兵団の武力と信用があれば、グールジンの如き街間商人など、その気になれば消してしまえる。グールジンが抱えていた隊商も、ジルボアが仲介すれば、より条件の良い雇用主にまとめて購入してもらえるだろう。極端な話、俺がスポンサーとして買ってしまってもいい。
グールジンは靴の商売を手掛けることで金銭を得たかもしれないが、剣牙の兵団や俺も、この街で地縁や権力を得ている。会社を起こした時のような、グールジンが好き勝手に振る舞える力関係ではないのだ。
そのことを悟ったからだろう。グールジンの額からは、滝のような汗が流れている。
仕方がないので、俺はジルボアに声をかけた。
「ジルボア、あんまり脅かしてやるなよ。グールジンには動機はあるが、今回に限ってはちがうだろう」
俺がそう取り成すと、ジルボアは肩をすくめて右手を下げた。
それを合図に、グールジンを囲んでいた団員達は、壁際に下がった。
「だけどな、あんたのミスだとは思ってるよ、グールジン。しっかりと協力してもらうぜ」
俺がそう言うと、先の脅しが効いたのか、グールジンは素直に頷いた。
明日も18:00と22:00に更新します




