第186話 教会の冒険者
ウルバノへの顔出しと挨拶を終えて、ギルドの受付担当者から報告書作成のため、として情報収集を行った結果、冒険者の負傷要因や冒険者の死亡理由については、以前と同じで特別にヒアリングをしていないことがわかった。
何故だ、と誰かを責める意識がよぎったが、これは冒険者ギルドが怠慢ではなく、教会と冒険者の連絡体制が確立されていないことが問題なのだと気がついた。
つまり、この件で責められるとしたら、自分自身だ。
冒険者が負傷したり、メンバーが死亡した場合には、今は教会の方に冒険者達は行くようになっている。その際、教会でどのような情報を取っているかはわからないが、それを冒険者ギルドの方に報告する義務もなければ報告書がやり取りされることもない。
情報が入ってこなければ、対策を立てる動機が組織に働かない。
これは早急に教会へ訪問し、対策を立てる必要がある。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
冒険者ギルドを辞したその足で近くの教会へ向かう。
教会が用意してくれた冒険者のための共同墓地は3等街区の庶民たちが通う教会の一角にあった。
1等街区の大聖堂と比較するべくもない、小ぢんまりとした佇まいの教会には、その静かな雰囲気に似合わぬ厳つい鎧や武器を身に帯びた男達が出入りし、奇妙な賑やかさを感じさせる。
俺達が教会の聖職者に会おうと門扉をくぐると、まさに治療を終えたばかりの冒険者が出て来るところだった。
立派な鉄の鎧を着て、右手に大きな矛のついた武器を杖のように突き、左手を布巾で釣った髭の大男が、それよりも、やや小柄な革鎧の男の肩を借りて出て来たので道を譲る。大男は怪我で荒れており、小柄な男が宥めているようだ。
「くっそーっ!たかがゴブリン相手に怪我をするとか、ついてねえぜ!しかも腕の筋をやられてよう、どうなるかと思ったぜ!おまけに銀貨は飛んでいくし!ほんっとに、ついてねえ!」
「おいおい、そう言うな。お前は運が良かったよ。街から近かったから治療も受けられたし、腕の筋だってつながった。半月もすれば、また稼げるようになるさ。命は銀貨じゃ買えねえんだ」
「そりゃあ、そうだがよう・・・」
ガチャリ、ガチャリ、と金属の鎧の隙間をつなぐ鎖鎧が擦れる音を立てて男達が歩き去るのを見やりながら、サラがポツリと言った。
「ほんとだよ、あの人たち、ホントに運がいい。前は、腕の筋なんかやられちゃったら、冒険者を引退するしかなかったんだから」
「まったくだな」
サラの述懐に、護衛のキリクが同意する。剣牙の兵団で、今も強大な怪物相手に体を張っているキリクには、なおさら身近な問題であったのだろう。そして、それは俺にとっても身につまされる問題であるには違いない。
俺が膝をやられたのも、基本的には同じ種類の怪我をして、しかも早急に教会の治療を受けられなかったからだ。
怪我をした場所は街から遠く、街まで仲間の肩を借りて数日かけて戻らねばならず、しかも街に戻ってからも冒険者相手に治療をしてくれる奇特な魔法使いの伝手を求めて走り回った。
そうしている間に、さらに膝を悪くした冒険者は仲間に見捨てられ、引退冒険者の俺が誕生した、というわけだ。
まあ、今はニコロ司祭の厚意のお陰で完治しているわけだが、あの時、早期に聖職者の魔法治療を受けられていれば、低位の魔法で完治できたはずだ。
「ともかく、多少は役に立っているようだな・・・・」
俺は、自分が構築した体制が機能している証拠を目の前にして、少しだけ、これまでの努力が報われて、肩の荷が下りるのを感じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
教会の聖職者は、俺の依頼に対し協力的だった。
ニコロ司祭が、教会の方針として上手く根回しをしておいてくれているのだろう。
教会の有力者が味方に付いていることの有利さを感じずにはいられない。
聖職者の方でも、治療記録にあたるものはつけていた。
考えてみれば当たり前で、魔法治療には触媒が必要で、そのためには予算がいる。
予算は教会の官僚組織を通じて捻出されるのだから、報告が必要で、そのためには記録をつける必要がある。
冒険者からの喜捨はあるが、それは教会の収入で現場の聖職者が懐に入れて良いものではない。
要するに金銭に関する記録は、きちんとつけてあったということだ。
まだ協力体制が始まって期間が短いせいか、治療にあたった聖職者は、一件、一件の負傷理由を憶えていた。
俺は教会で治療にあたっている司祭に切りだした。
「実は冒険者の負傷要因についても、報告書に入れ込みたいのですが・・・」
もちろん、治療の現場に報告の負担を押し付けるのは本意ではない。
聖職者から聞き取った負傷要因を大まかに分類し、よくある要因のみにチェックをつければいいという、チェックシート的な書式を用意した。
「このようにですね、相手にした怪物と、傷の形状、その理由についてだけ知りたいわけでして・・・」
「ほほう!これは実に楽に記入できますね!ははあ・・・。これが冒険者ギルドに知らされて、依頼になったり装備の改良につながるわけですか!いや、興味深いですね、これは・・・」
俺が相談した聖職者はニコロ司祭の伝手で派遣された若手らしく、相談内容そのものよりも、分類や報告の書式と分析方法について興味が湧いたようだ。
多少、本末転倒な気もするが、この様子なら冒険者ギルドに報告書を共有してもらう件も、快く実行してもらえるだろう。
明日も18:00と22:00に更新します




