第176話 グールジンの怒り
俺はグールジンの目を見ながら人差し指を立てて、説明を始めた。
「現在、俺達の前には1つの機会がある」
「機会だと?」とグールジンが繰り返す。
「そうだ。金銭の流れに乗る機会だ」
「ほほう?そいつは聞き捨てならねえな。詳しく話してみな」
グールジンが身を乗り出したの見て俺は頷き、先を説明する。
「王国では、貴族と教会が先を争って農地の開拓に資金を流し込み始めているのは知っているか」
「そこまでの話は知らねえ。ただ、人を雇うのは難しくなっている、とは聞いてる。冒険者の相場も上がってるらしい。靴の売れ行きもいい。それが、開拓に金が流れてる、ってことか」
封建社会においては、上層部は政策転換を説明するのに熱心ではないから、冒険者のような階層の低い人間に情報が伝わってくるのには時間差がある。
それでも、グールジンのように目端の利く商人は、日々の物価の変動や人の流れから何かが起こっているのを掴んでいたようだ。
「ああ。俺の話は、その流れに乗ろう、という話だ」
「なんだ?今度は開拓事業でも始めようってのか」
開拓が流行っているから、自分もやる。話の流れとしては自然だが、俺はそれを否定した。
「開拓が流行るときに、開拓事業を始めてどうするんだ。開拓で一番儲かるのは、開拓の道具を売る連中だよ」
これは元の世界でも実例が多い。例えば、アメリカのゴールドラッシュで一番儲かったのは、アメリカ中から一攫千金を狙って集まって来たニワカ鉱夫達に丈夫な作業服としてジーンズを売りつけた製造会社だ、などと言われている。
「なるほど。それで?」
「それで、俺は教会と地縁を作ってある。教会の開拓を指導する若手の集団に、靴を売り込むことにも成功した。そこから教会全体の開拓事業に関わる連中に靴を売るんだ。それも、王国全土の教会に、だ」
「・・・そいつは、デカイ話だ」
「そうだ。会社の背後の一人として、あんたにも事業の拡大に賛成してもらいたい」
「俺は、話に噛めるのか」
「わからん。正直、あんた次第だと思ってる」
「俺次第、だと?」
グールジンは眉間に皺を寄せて不機嫌な様子をみせた。
「そうだ。この話はデカイ話だ。おそらく教会主導の話になる。俺は製造技術と教会の地縁があるから、事業に深く食い込める。だが、教会は自前で王国全土の流通手段を持っている。俺から推薦はできるかもしれないが、守護の靴のように独占はできないだろう」
「・・・ちっ。だろうな。教会相手じゃ分が悪い」
「それに今回の機会をとらえて、近い将来に靴の製造量を、今よりも、もっと増やしたいと思っている」
「どのくらいだ?」
「さしあたり、3年で10倍」
俺がしれっと言うと、グールジンは怒りだした。
「10倍だと?お前、夢でも見てんのか」
「そうか?あんただって徒手空拳で1人から始めて、100人からの人間を率いているじゃないか。それと比べたら10倍なんて、なんてことないだろう」
「冒険者なんて、その辺りに転がってる連中と、守護の靴が作れる熟練の靴職人じゃ数が違う!そんな職人が3年で10倍も用意できるわけねえだろうが!」
「できるさ。そもそも今だって1年で1人から20人まで増やしたんだ。3年で10倍ぐらい、やってやれないことはないさ」
俺が譲る姿勢を見せないので、グールジン怒るよりも、むしろ呆れたようだ。
「マジで言ってんのかよ、お前。頭おかしいぜ」
「最近、よく言われるよ。それで、お前はどうする?隊商を今以上に大きくする気はあるのか?」
俺はグールジンの目を見詰めながら問い質した。
奴の返答次第では、血を見ることになるかもしれない。
明日も18:00と22:00に更新します。




