第168話 工場を建てる理由
サラとの問答は続く。
「パンを焼くみたいにたくさん靴をつくったら、街の靴工房はどうなっちゃうの?」
サラが工場が稼働した時に心配となる点をあげてきた。
まあ、そりゃあ心配になるよな。
「靴が売れなくなってつぶれるかもな。そうしたら会社で雇うよ」
俺はあっさりと答える。
「靴ギルドの人達は、怒るんじゃないの?」
「怒るだろうな。だけど、無視する」
そう答えると、サラはむきになって反論をぶつけてきた。
「それで取引相手の貴族様に言いつけたりするんじゃないの?」
「するかもな。だけど伯爵様は押さえてるんだ。他の貴族様なら、教会の権威と剣牙の団の暴力で黙らせられるよ」
「そんなことしたら、街の商人さん達が意地悪して、街で靴を売ってくれなくなくかもよ?」
「そうしたら、他所の街に売るまでさ。グールジン以外の街間商人とも契約して、国中に売り捌く」
そこまで言うと、さすがにサラの方も感情のボルテージがあがってきたようで大きな声で言った。
「ケンジ、あんた変よ!こないだまで、貴族様に見つからないように、こそこそと商売をしようとしてたのに、急にそんな喧嘩腰になって!」
だが、大声を出したことで却って冷静になったようで、サラは俺の好戦的な物言いを訝しく思ったようだ。
「・・・そんなにたくさん靴を作って、どうするのよ?何か理由があるんでしょ?」
俺は答える。
「守護の靴を、大規模に、大量に製造するようになれば、多くの冒険者や教会の開拓に従事する者達に行き渡るようになる。怪物の駆除も進むし、人間の世界も広くなる」
そこまで言うと、サラは何かに思い当たったようだった。
「それって・・・前の農村の家族のこと、まだ気にしてるの?」
サラの疑問に直接答える代わりに、俺は言った。
「怪物の駆除が進めば、隠し畑なんてものは存在できなくなる」
サラは腰を落として俺の目を下から覗き込むようにして聞いた。
「ねえケンジ、司祭様に何か言われたの?そういえば、あの時からちょっと変よ」
俺はできるだけ平静を装って答えるように努めた。成功したとは言えなかったが。
「言われたさ。ケンジ、お前はよくやった。だがお前にはできないこともある!我々は王でも英雄でもない、ってな!」
そう言って息を吐き出してから付け加える。
「そう、ニコロ司祭は正しい。俺は王や英雄のような真似はできない。剣をとって万の敵を打ち破ることはできないし、国の貴族達に言うことを聞かせることもできない。
それでも、隠し畑に頼らないと生きていけない農民は減らしたいんだ。
それは回り回って冒険者のためにもなる。
だから、俺は俺のルールとやり方で戦う」
「・・・それが、工場をつくることなの?」
サラが囁くような声で聞いてくる。
「そうだ。工場を大きくして、農村で暮らしていけない人達を雇う。雇った人達を使って靴を大量に作り、靴を大量に売って、大勢の冒険者を支援する。開拓に従事する大勢の者達を支援する。そうして人間の世界が広がるのを支援する。
これが、俺が一番効率よく世の中を変えられる方法なんだと思う。この世界で一番効率よく靴を作れるのは俺なんだから、仕方ない」
「だから、危ない目に遭うのを承知でやるの?たくさんの人から嫌われるわよ?」
「遠慮するのは、やめたんだ」
俺が静かに言うと、サラは諦めたように溜息を吐いた。
「じゃあ、仕方ないわね。とことん付き合ってあげるわよ」
そう言って、笑顔を見せた。
明日も12:00と18:00に更新します




