第155話 隠している
すっかり意気消沈してしまった助祭達に声をかける。
「さて、書類と現地の事情が大きく異なることは知っていただけたかと思います。さらに、貴方達が立てた計画を実際に村に押し付けたら、大変な困難が起きたであろうことも理解できたかと思います」
ここまでは想定通りだ。助祭達は教会内とは勝手の異なる現実に戸惑い、気を落としている。
「そこで」と意図的に大きな声をあげて注意を引く。
「この状態から、計画が可能な状態にするために、どんな人の手助けが必要だと思いますか?」
他人の手を借りる。そう聞いて、助祭達は顔を上げる。
そうか。自分でできない時は他人の手を借りればいいのだ。という心の声が聞こえてくるようだった。
アデルモ助祭が声をあげる。
「まず測量士ですね。正確な地図がないと何もできません。あとは農業の専門家も必要です。私では、この村の農法に改善の余地があるのかどうかわかりません。植えている麦の品種も検討が必要なのかもしれません」
ミケリーノ助祭も意見を述べる。
「畑の権利関係も複雑なようです。工事を行うのであれば巡回裁判士なり法学士なりに、どのように土地の調停を行うのか基準を作ってもらう必要があるでしょう」
クレメンテも、負けじと主張する。
「それに商人の手を借りる必要があるかもしれん。麦の倉庫を見たが、状態のいいもの、悪いものが混じって置いてある。納税ならば量が揃っていれば問題はないが、金銭として幾らになるか明らかにできんと教会で融資もできん。目利きの商人の手を借りる必要もあるだろう」
俺は、彼らが活発に意見を主張するのを満足しながら聞いていた。
最初から専門の人員を手配して、彼らの手助けをさせても良かったのだが、まずは自分達の手で取り組み、失敗して欲しかった。そうしなければ、気位の高い助祭達のことだから、専門の人員を顎で使おうとしたことだろう。
それでは駄目なのだ。
他人を使うことと、他人の手を借りることには大きな違いがある。前者には相手への尊重の念、行動の主体性、責任感がない。
大きく困難な事業を行おうと思ったら、必ず人に助けてもらわなければならない局面がある。その時、事業の中心人物に、相手を尊重する気持ちや主体性と責任感がなかったら、誰が手を貸そうと思うのか。
彼らには事業を推進する良いリーダーになって欲しい。そのためには、まず困ることだ。自分1人では何もできない、と心の底から思ってもらわないと、仲間に感謝する気持ちが生まれない。
その時、それまで議論に加わっていなかったサラが言った。
「冒険者も必要ね。村の外を見まわる必要があるわ」
俺はなるほど、と思ったが助祭達の意見は違ったようだ。冒険者あがりの小娘が何を言う、という雰囲気がありありと見えたので、俺はサラに意見を言うよう促す。
「なぜ、冒険者に村の外を見回らせる必要があると思ったんだ?」
「簡単よ、この村の小麦だけじゃ、とても食べていけないもの」
サラは、あっさりと言ったが、要するに、この村では税を逃れるために隠し畑がある、と言っているのだ。
「それは教会が差配する村に対する告発か?教会の司祭がいる村で隠し畑がある、という発言の意味は極めて重いのだぞ」
クレメンテが脅すように言う。司祭と直接に話したことのある彼からすると、サラの発言は教会の権威を侮辱したように感じられたのだろう。
だが、サラはそんな空気を読むことは全くなく、さらなる爆弾を落とした。
「バカね、きっと教会の司祭様だって知ってるわよ。狭い村だもの、隠せるわけないじゃない」
若い助祭は目尻が割けんばかりに、両の目を大きく見開いた。
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