第133話 教会のヒエラルキー
教会には、あまりいい思い出がない。
以前、俺の他にも転移者がいないかと思って教会に調べものに行ったことがある。
街の外に広がる背の低い麦畑を見て、何か農業で品種改良を手掛けている人間がいるのではないか、と疑ったからだ。
この街では、まともに文書を管理している連中は3種類しかいない。貴族階級と、魔術師ギルドと、教会である。当時、しがない冒険者でしかなかった俺にアクセスできるのは教会しかなかったのだ。
教会には、図書館がある。そして、本は高級品であるから管理は厳重であり、鎖で繋がれた本さえある。そのため、根無し草で信用のない冒険者が図書館で調べものをするには、保証金などに相応の費用がかかる。背の低い麦のことを調べたばかりに、しばらくは食事が麦粥ばかりになったのを、今でも憶えている。
「枢機卿ねえ・・・」
事務所で渡された、筒状の羊皮紙に蝋で封をされた紹介状を、手でもてあそびつつ、つぶやく。
ジルボアのやつ、そんなコネまで作ってやがったのか。
昔の仲間のため、ひいては冒険者全体のため、と勢い込んで引き受けてしまったが、なにかジルボアにうまく乗せられた気もする。まあ、今さらではあるが。
「ねえケンジ、枢機卿様って、えらい人なの?」
サラが聞いてくるので「すごくえらいよ」と、適当に答えると「どのくらい、えらいの?」と突っ込んでくる。
子供か、お前は。
とは言え、俺もあまり詳しい方ではない。うろ覚えに指を折って数えつつ、階級を思い出す。
「えーと・・・、まず、街中で説法をされたり、救貧院で手伝いをされているのが、助祭様。小さな教会の中で信徒を集めて、お話をされているのが司祭様。それを幾つか集めた大きい管理をしているのが司教様。このあたりで、教区になるはずだ。つまり生誕名簿の管理単位だな。それを複数集めているのが、大司教様。この街に大司教様は、1人のはずだ。その上だから、枢機卿様、ってのは、ものすごくえらい・・・はず」
俺も、このあたりの知識には自信がない。ただ、工房を建設するときに生誕名簿の管理単位と教区について調べざるをえなかったので、それが司教の管轄であったのは憶えている。
「ええーー!!じゃあ、枢機卿様って、伯爵様より偉いんじゃないの!?」
サラも、両手で指折りしつつ、階級を数えながら聞いていたのだが、突然、両の掌をパタパタとさせつつ叫んだ。
「伯爵様との上下はわからないが、相当にえらいな」
「そ、そんな人に会いに行くの?ケンジ、あんた今から頭を剃って坊主になりなさい!その無精ひげも剃らないと!前から気になってたのよね。あとは、なるべく落ち着いて上品な服を・・・」
「おい、落ち着け」
サラが焦ったのか、妙なことを口走り始めたので、自分のためにも止める。
坊主にされては敵わない。それと、ひげは剃った方がいいかな。
服装だって、言われるほど酷くないはずだ。
「枢機卿への紹介状だが、おそらく会う相手は枢機卿じゃない」
「そうなの?」
俺は、伯爵との面談を思い出していた。あの時、俺とジルボアは守護の靴の製造の開始について奏上し、お言葉を頂いただけである。実際の意図は、ロロが描いた守護の靴の事業の買い叩きに対する防衛であり、面談はその政治的デモンストレーションに過ぎなかった。
伯爵や枢機卿のような雲の上の人間達は、国の方針やら教会の教えの原理やら、抽象的で崇高なことを話し合うものだ。俺達、下々の者が会って、何か益があるものではない。
おそらく、この紹介状を持っていくと教会側で何かの実務を担当する連中が出てくるのだろう。
それも、ジルボアがこちらに丸投げしたくなるような相手が。
「気が重いな」
これからの苦労を思い、俺は思わずため息を吐いた。
本日は22:00にも更新の予定です。
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