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第130話 冒険者の死

冒険者の連中も、少しずつ懐具合が良くなっている気はする。

あとは、もう少し怪我人が減ってくれるといいのだが・・・。


ふと、俺は元の世界で交番などに併設されていた、交通事故死キャンペーンの看板を思い出した。

今年の都内で交通事故死は23人、とか大きく書いてあるやつだ。


ああいうものを、置いたらどうだろうか。

そう、軽い気持ちでサラに相談したら「絶対にイヤ!」と拒否された。


どういうことか、とサラに聞いてみると、少し悲しそうな目で俺を見た。


「ケンジは、冒険者の気持ちがあんまりわかんなくなっちゃったんだね。」


そう言いつつも、教えてくれた。


「あのね、ケンジ。冒険者って、本当の駆け出しを除けば、いつかは自分も冒険の最中に死ぬ、ってわかってるのよ。今日はゴブリンの剣が、たまたま避けてくれた、魔法がたまたま間に合った、矢が構えた盾に当たってくれた。そういう偶然で助かる経験は、誰だってしているの。ケンジだって、そうだったでしょ?ホブゴブリンと一対一で戦って、死にそうになったでしょ?


今日はたまたま助かったかもしれない。でもね、いつかは、たまたまが起こらなくて死ぬの。そうやって死んでも、お墓にも葬ってもらえない。だって、怪物がたくさんの洞窟の奥みたいな死んだ場所から、教会のある街まで遺体を運ぶなんてできないもの。それに、あたしたち根無し草の冒険者は生誕名簿に載ってないから、教会で葬ってもらうには、ものすごいお金を取られるの。


仕方ないから、神様にも、家族にも看取ってもらえずに、野原や暗い洞窟の奥で冒険者は1人で死んで、遺体はその場に放っておかれるの。そう、覚悟してるのよ。仕方ないことでしょ?農村を弟と妹のために出た時から、わかってたことだもの。それでも、飢えや税金みたいに、剣や弓で戦えない相手よりはマシなのよ。

戦って、戦って、戦って、誰にも看取られないで死ぬの。冒険者って、そういう生き方なの。


だから、みんな明るく元気に振る舞ってる。今日の死ぬ順番は、自分じゃない、って言い聞かせながら冒険に出るの。それなのに、何人死んだ、とか数字になっていたら、どう思うの?

自分が死ぬってことが、数字になるのは哀しいと思わないの?」


サラの言葉は、ことさらに大きな声で話されたわけではなかったが、俺の胸には暗く、重く響いた。

まったく、自分は何もわかっていない。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


その後はサラと、それ以上話す気にはなれず、1人で顔見せに剣牙の兵団の事務所に行くと、たまたまジルボアがいたので「お前は冒険者となるときに、死を怖れなかったのか」と聞いてみた。


「考えたこともない」というのが、ジルボアの答えだった。


「怪物を相手にするときも、軍隊で戦うときも同じだ。相手を見る。周りを見る。仲間を見る。一息で踏み込んで相手の急所を斬る。仲間を見捨てず力を合わせて戦う。それを繰り返すだけだ。何も難しいことはないし、死を怖れる理由もない」


ダメだ、こいつは。参考にならない。もう少し、普通の人間はいないものか。


そう周囲を見回したが、そもそも剣牙の兵団のような一流クランにいる人間は、冒険者上位数%の特別な人間達だ。

こいつらと付き合うことで、俺は、ごく普通の人間の感覚を忘れていたのかもしれない。駆け出しだった時代の感覚を思い出さなくては。まだ、冒険者だった時代のことを。

そう考えたとき、そういえば、俺をクビにしたパーティーの連中はどうしているのかな、と久しぶりに思い出した。


サラのやつも、俺が抜けた直後は、ちょくちょく冒険に行っていたようだが、最近は依頼を受けている様子はない。

クビになった直後は腹が立って連中の顔を見るのも嫌だったが、今は少し気持ちにも余裕がある。


工房に戻ったら報告書をひっくり返して少し調べてみようか、と思いつつ、最近、ギルドで見かけた記憶がないのが気になった。

明日も18:00と22:00に更新できると思います。

トップページの「今日の一冊」にて本作が紹介されております。

よろしければご覧ください。

(この文章は次の本が紹介されるまで約1週間、続けさせていただきます)

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