第128話 成果を隠れ蓑にして
「ケンジってさ」とサラが話しかけて来る。
「なんか暴走するタイプよね。思いついたら、ぶつかるまで停まらないっていうか」
と、心外なことを言う。今回は自重しない、と決めただけなのに。
「誰だって、臭くて汚くてネズミや虫がいて、何がどこにあるのかわからない倉庫よりも、綺麗で整理された今の倉庫の方が好きだろう?」
「まあ、それはそうなんだけど・・・。これ、結構すごい仕組みなんじゃないの?」
「どうだろうな。王宮のワイン蔵や教会の図書館なら、同じような管理をしているんじゃないか」
「ええと、そんなところと同じ方法取ってるなら、やっぱりすごいんじゃないの・・・?」
俺とこの世界の人間で、知識に差はあっても知恵に差があるわけではない。同じ必要に迫られれば、この世界でも思いつく人間はいくらでもいるだろう。単に、冒険者ギルドの貴族や職員にいなかっただけだろうと思う。
「あとは、販売方式の改善だな。これはしないと冒険者ギルドの利益が増えない」
「でも、それって冒険者達の素材を安く買い叩くことになるんじゃないの?」
「そうならないために、新しい方式を考えるのさ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
取り入れる方式は、買取素材の変動相場である。
ただし、まともに導入すると大変なことになるので、これもルールを定める。
複雑なルールにしても、絶対に運用が回らないので、これも2つだけ原則を定めた。
1.不足しているものは高く買い、不足がなくなれば普通の値に戻す。
2.基準の価格を市場に準拠させる。ただし変動は1週間単位とする。
1は、在庫の量が簡単にわかるから可能なことだ。依頼掲示板に、不足している素材を貼りだし、在庫が適正な水準に戻ったら剥がす。それだけである。職員が、毎日在庫の量を倉庫で確認すればいい。
2は、市場の価格を確認に行けばいいだけである。それにより買取価格を決める。買取価格は掲示板に貼りだす。数字だけなら、かなりの冒険者が読めるので、素材は絵で示すようにした。これで騙される初心者も減るだろう。
たった、これだけのことなので、半日で作業は終わったが、その効果は劇的だった。
冒険者ギルドの素材買取りによる収益は、制度の導入直後から上がり続け、前月比で3割向上した。
本当に滅多にないことで、改革を主導したウルバノは王都の貴族からの評価を更に高くし、窓口の職員には初めて賞与が配布された。
冒険者からの素材買取価格も従来より高くなり、目端の利く冒険者は懐を温かくすることができた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ケンジよ、こたびの働きはまことによくやった」
そうして、俺はギルド職員のウルバノからお褒めの言葉を頂いていた。
それだけなら良かったのだが、調子にのって
「あの依頼の順序を変えるとか言う地味なのよりも、こちらを先にすればよかったにのお」
などと抜かすのだ。
確かに短期的な成果を考えるなら、買取に最低価格を据え置いた上で変動相場を導入するのは有効だ。
だが、冒険者ギルドの事業構造そのものを変えるインパクトを持っているのは、土地の評価額に応じて依頼を順位づける方式だ、との確信は揺るがない。
もっとも、見方を変えれば、変動相場の導入による成果はウルバノの政治的立場を強くしたし、冒険者事業の構造変革をセットした俺の企みを隠す目くらましになったのだから、それで良し、とするべきだろう。
これで、冒険者ギルドとの関係を次に進められようというものだ。
さんざんタダ働きをしてきたのだから、そろそろ利益をあげなければならない。
俺が心中でニヤリ、と笑みを浮かべていると、サラに
「ケンジ、なんか悪い顔してるよ」
と言われた。いかん、顔に出ていたか。
明日も12:00と18:00に更新できると思います。12:00は少し遅れるかもしれません。
トップページの「今日の一冊」にて本作が紹介されております。
よろしければご覧ください。
(この文章は次の本が紹介されるまで約1週間、続けさせていただきます)




