第127話 ゴミとは暮らせない
倉庫の掃除とゴミ捨てには、思いの外、時間がかかった。
まず、ゴミを捨てないと掃除や整理のための空間が空かないのだが、扱いが問題となったのは保管期間を過ぎて生ゴミと成り果てた素材だった。
「なあ、これ捨てるだろ?」
「いえ、ギルドの資産です。捨てるべきではありません」
「だって、黒ずんで変な臭いしてるじゃないか。革鎧になんか、ならないぞ」
「それは、私が判断することではありません」
この調子である。まあ、ギルド職員が損失の判断を勝手にするのは汚職の元だから、それ自体は悪くない。
仕方ないので、ウルバノを呼んできて生ゴミと化した素材を見せた。
「うわっ!なんじゃ、このゴミ!く、くさい!」
思い通りのリアクションを取ってくれたウルバノを見て、職員は溜息をつき、ゴミとすることに同意した。
それからは、廃棄する素材の基準は、工房からゴルゴゴを呼んできて、職人の目から見て使えるか、使えないかという、ごく当たり前の基準を採用することに落ち着いた。
倉庫の在庫は、2割がゴミと判定され、廃棄されることになった。
厳密に言えば、資産計上していたはずなので価値を減殺しなければならないのだが、ギルドの資産帳簿なんていい加減なので、問答無用でゴミとして捨ててしまう。
それからは、大量の駆け出し冒険者による人海戦術での大掃除だ。
窓や搬出口を大きくあけ放ち、埃をはらい、床を洗い、棚をふき取る。
半日がかりの大掃除を経て、少なくとも、目を刺す異臭はなくなり、小さな虫やネズミもいなくなった。
なんていうか、こんな環境で良く仕事してるよな。生ゴミと一緒に暮らすようなものだ。
ギルド職員の仕事が不人気だったのは、こんなところにも理由があったのではないか。
とりあえず、この段階でウルバノと中間管理職達を招待した。
窓口担当の職員達は「この倉庫は、こんなに広かったのか」と驚き、ウルバノからはお褒めの言葉を貰った。
ウルバノに対抗する派閥の職員達も、ときおり臭ってくる異臭や、紛れ込んでくるネズミや虫には閉口していたのか表立って文句はないようだった。もちろん「さすがに平民はゴミに塗れるのが得意なようじゃな」と陰口をたたくのは忘れなかったようだが、そんな噂が俺の耳に入るということ自体、職員達は俺の味方、ということだ。実際に、異臭漂う倉庫へ素材を置きに行く業務から解放されたのは窓口の職員なのだから、感謝の一つもしたくなるだろう。
駆け出し冒険者向けに俺が払っておいた銅貨は、依頼扱いになり戻って来ることになった。
大した金額ではないが、倉庫の掃除という仕事が、冒険者ギルドの正規業務として認められたことに意味がある。
これからは、倉庫の掃除も窓口職員の権限で依頼として予算から捻出できるようになるだろう。
一度、綺麗な環境に慣れてしまえば、あの異臭漂う状態に戻りたいと思わないものだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しかし、ここまでで怪物素材の管理と販売方式の改善については、半分なのである。
バックヤードが綺麗になったので、ようやく管理方式と販売方式の改善が進められる。
管理方式の改善から手をつける。
これはパレット方式とコンベア方式の組み合わせで簡単に改善できる。
まずは、パレット方式である。要するに、小さなコンテナだ。
俺は、倉庫の掃除に先立ち、酒類を運ぶのに使用された空の板箱を、中古で大量に発注していた。
これまで乱雑に棚に置かれていた素材類は、全て一定の単位ごとに箱に入れてしまう。
工房に販売するときや、輸送するときも、その単位を基準にする。
輸送を終えたら、工房は箱を返却する。箱には全てナンバーをつける。
これで管理が整理され、劇的に楽になる。
コンベア方式は箱を整理し、販売する順序の整理である。
怪物素材が古いものから売れていくよう、手前に新しい素材、奥に古い素材となるようルールを設けて箱を並べる。本当は棚にローラーをつけて箱ごと滑らせたかったのだが、それは難しいので「ここから販売」という色のついた大きな板を箱と箱の間に挟んで区切ることにした。
長い列の「ここが最後尾です」というプラカードのようなものだ。その板を移動させることで、一番古い素材から売れていくように目印とする。これなら、薄暗い倉庫で素材の日時を読み誤る可能性もない。
ふう、と汗をぬぐい劇的に整理され、管理が近代的に改善された倉庫を満足して眺めていると、サラがドン引きした目で俺を見詰め、職員達は驚愕の目で俺を見ていた。
少し、やり過ぎてしまったか。俺は別の意味で冷や汗が出るのを感じた。
これでもまだ、管理方式を改善しただけなのだが・・・。
本日は18:00にも更新できると思います。
トップページの「今日の一冊」にて本作が紹介されております。
よろしければご覧ください。
(この文章は次の本が紹介されるまで約1週間、続けさせていただきます)




