第124話 依頼の基準
その日も、報告書の作成ために窓口の人と話をしていると、そっと耳打ちされた。
「あんた、最近ちょっと目をつけられてるよ」
「誰に?」と聞けば、ウルバノと対立している派閥があり、最近、急に成り上がった彼を疎んじる空気があるのだという。
彼らは、現在の方針は農民あがりに過ぎない冒険者ごときに過度に同情的であり、貴族社会の風上にも置けないといい、管理の手間ばかり増えて業績の上がらない方式は改めるべきだと主張しているそうだ。
管理の手間が増えているのは事実だから、元が派閥意識から出た発言だとしても、ある程度の理屈が通っているのかもしれない。それに、彼らの主張する業績のあがる方式とやらにも興味があった。
「それで、どんな方式をとるつもりなんだ?」
と好奇心から中身を聞いて、俺は呆れ果てた。
問題なのは、管理方式ではない。業績である。業績をあげるためには、より多くの冒険者を募集し、投入すればいい。それが、彼らの主張だった。
あまりにバカげている。今の体制でそんなことをすれば、どんな悲惨なことになるか。
駆け出し冒険者のサポートはなく、効率的な育成の体制もない。大勢の死者と不具者を生むことになる。
残された村落の生産力も落ちる。街に住んでいる文官貴族からすれば、農村の窮状など知ったことではない、というのか。
農村時代の話をしていたサラの寂しそうな顔が胸をよぎる。
こいつらには、絶対に主導権など渡さない。
俺はいましばらく、ウルバノを強く後押しすることにした。
奴らが業績について攻撃するなら、業績をあげてやろうじゃないか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
冒険者ギルドの主な業績とは何か。それは怪物討伐による開拓事業の援助と怪物素材の買取である。
俺は、開拓事業の援助に目をつけた。ここには、大いに改善の余地がありそうだったからだ。
例えば、ゴブリン10匹が巣を作り、それを討伐しなければならないとする。
似たような依頼は山ほどある。それを、どのように冒険者に配布し、依頼料を設定すれば良いのか。
これまでは、優先順位は純粋に依頼された順、領地を持つ貴族の政治力順、依頼された村や町の報酬順であった。簡単に言うと、金払いが良くて権力のある連中の早いもの順である。
だが、この順位付けの方式は、人類社会の領域を押し広げるという冒険者事業の目的に合わない。
もう少し俗なことを言うと、目の前の小金に釣られて、大きな経済的損失が発生しやすい。
それはつまり、冒険者の命が無駄に消費されるということである。
俺はここにメスを入れたいと考えた。
複雑な方式を導入しても絶対に回らないので、俺はウルバノを煽て上げて依頼を優先づける2つの基準を導入させることに成功した。
1.怪物の討伐により、どのくらい儲かるのか。
2.どのくらいコスト削減につながるのか、である。
ごく普通の基準だと思うだろう。だが、今回はそこがポイントだ。
一見、普通に見える基準への変更。しかし、これは従来の依頼の評価基準とは180°異なっているのだ。
以下は、俺の思惑である。どれだけ説明しても理解されないだろうから、ウルバノには相談していない。
最初に、評価基準をハッキリと文書で定義する。もちろん、この定義は俺が作り、俺の手で報告書に書き込まれることになる。
1.怪物の討伐による儲けとは何か。
それは、開拓により得られる農産物の将来利益、現在の農地が安定することにより得られる農産物の利益である。
2.怪物の討伐によるコスト削減とは何か。
それは、開拓地の防衛ラインが整理されることによる防衛コストの削減と、交通路の安全が保障されることによる護衛コストの削減である。
儲けの基準となる農作物の収穫について、詳細な経済的利益を計算するほどの統計情報が手元にないので、ギルドに保管されている地図をひっくり返し、現地出身者の情報を聞き、過去の納税記録などもコネを使ってコッソリと調べて、大まかに依頼の優先順位に関する基準を作りあげた。
この基準については、開拓地が広がったり、防衛線の形が変わったりで常に変わることになる。
どこの土地を守り、獲得すると儲かるのか、と検討した地図は、結果的に、土地の価値の価格評価のようなものに仕上がってしまった。
現代で言う路線価のようなものだろうか。少しやり過ぎてしまった感はあるが、気にしない。
どうせ冒険者ギルドの外にでるものではない。内部情報だから問題ない。
とにかく、新しい基準の導入によって依頼の順位付けは大きく変わることになった。
これまでは、依頼者がお金を払い、ギルドが受け取るという日雇い仕事的な依頼の受け方を優先していた。
これからは、依頼を果たすことによって、どれだけ開拓地が広がり、安全が高まるか。ひいては、土地の価値が高まるか、という依頼を優先する。
この変更は、時間が経てば経つほど効いてくるハズだ。
それは、冒険者事業自体を、目の前の金を追う日雇い仕事から、儲かる土地を拓き、保全する不動産のサービス業へと、こっそりと俺が作った基準により転換が図られるということだ。
日雇い仕事よりも土地不動産の方が儲かる。
冒険者事業を儲かる構造にしないと、冒険者の待遇は良くならない。
この当たり前のことが理解できない、冒険者を使い捨てにするような連中に主導権は渡せない。
ウルバノを煽てあげつつ、俺は、自重を投げ捨てて、こっそりと打った手に満足していた。
明日も18:00と22:00に更新できると思います。
トップページの「今日の一冊」にて本作が紹介されております。
よろしければご覧ください。
(この文章は次の本が紹介されるまで約1週間、続けさせていただきます)




