第119話 二重顎の男
数日をかけて情報収集活動に励んだ結果、二重顎については情報がいろいろと入ってきた。
奴の名前は、ウルバノ。住処は2等街区に一族の屋敷があり、その離れに部屋を与えられている。
役人を多数輩出している一族の中では出来が良い方とは言えないらしい。
冒険者ギルドの管理職についたのは5年ほど前。他の官職への転出を狙っているらしいが、出来の悪さに加えて女関係でも問題があるらしい。最近は、ある高級娼婦に入れ込んでいるらしく、大分貢いでいるとのことだ。
もっとも、高級娼婦の方ではあまり相手にしていないらしい。貴族相手の高級娼婦ともなると、ウルバノ程度の3流文官では、権力も財産も足りない。
「まあ、遊ばれてんのよ」と、情報を集めてきたアンヌは鼻で笑った。劇団のパトロンを探しているアンヌの男を見る基準は非常に明確だ。
財産があるか、ないかだ。
アンヌからすると、ウルバノは男に入らないらしい。ちなみに、俺は微妙な線だそうだ。もう少し努力が必要だ、とのこと。
「将来に期待ね」というのが、アンヌの俺に対する評価。ちなみに、その話をしている間、サラは後ろで笑顔になりながら俺の脇腹を抓っていた。
冒険者ギルドを所管する貴族の方は、アルバンという名前はわかったが、詳細については不明なままだ。
そちらの情報は継続して調査することにして、まずはウルバノをどうするか、だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ケンジは、あの二重顎をどうするつもりなの?」
情報を元に、作戦を考えていると、サラが聞いてくる。
「そうだなあ・・・。ウルバノの行動を変えさせることだけなら、実はそんなに難しくない」
「そうなの!?」
サラが驚いて高い声をあげる。
「ああ。一番手っ取り早いのは、殴って言うことを聞かせることだ」
「なぐ・・ええっ?そんな無茶なことできるの?」
「できる。ウルバノと俺達を比較したとき、俺達にあって奴にないのは直接的な暴力の力だ。まあ、ウルバノに限らないがロロだってそうだ。文官ってのは法律に明るくても暴力には弱いもんだ。剣牙の兵団の武力ってのは、この街で傑出した力なんだ。ジルボアは、街の文官貴族ぐらいでは抑えられない力を蓄えだしている」
「はー・・・。じゃあ、ケンジは脅して言うことをきかせるつもりなの?」
サラは、少しイヤそうに俺を見る。安心しろ、俺だって暴力沙汰は苦手だし嫌いだ。
それに、今は理屈の上では可能だ、という議論をしているだけだ。
「いや。暴力で一時的に言うことを聞かせることはできるかもしれないが、ウルバノの一族全体、ひいては貴族階級を敵に回す危険性がある。だから最後の手段だ」
「そうよね!まあ、私もちょっと殴ってやりたいとは思ったけど、それはやめといた方がいいわね」
少しだけ残念そうに、拳を握ったり、開いたりしながらサラが言う。前回、会った時の気持ちには一応の整理がついているようだ。
「他には、金で言うことを聞かせる、という手もある」
「お金・・・。うち、そんなにお金あったっけ?」
「まあ、ウルバノのような貧乏文官を買収する程度ならある。別に奴の生活を支える必要はないんだ。何か言うことを聞いてもらえたら、少し土産を渡す。そうやって印象を良くする。まあ市井の商人なら、多かれ少なかれやってることだ」
「ええと・・・じゃあ、そうする?」
「やむを得ない場合はするかもしれない。だが、俺はあまりやりたくない。金銭絡みの要求は、最初は少なくても、そのうちに感覚がマヒして要求額が上がって来る。それを断ると、今度は逆恨みされる。何かの監査で露見した時には、俺達も罪に問われる。あまり賢いやり方とは言えない。ウルバノは、調子に乗りそうだしな」
「たしかに、あの二重顎、調子にのるタイプって感じだもんね」
「それに、多少の金品を渡したところで、その高級娼婦ってやつに貢いじまうだろ?無駄金は使わない主義なんだ」
「そうね。お金を無駄にしたら駄目よね!」
と、サラは強く頷き、こちらを見る。
「それで!ケンジは何か考えがあるんでしょ?もったいぶってないで、教えなさいよ!」
もったいぶってるように聞こえたか。俺としては、一つ一つの手段を一緒に検討しているつもりなんだが。
「こないだ話した、地主と小作人の話を憶えてるか?」
サラが頷くのを見て、俺は言う。
「あの二重顎の小作人を、出世させてやるのさ」
明日は所用のため18:00更新のみになると思います。
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(この文章は次の本が紹介されるまで約1週間、続けさせていただきます)




